2年連続で投手5冠「山本由伸」がプロ1年目に直面した“限界”…「筒香嘉智」を指導した“先生”が「フルモデルチェンジが必要」と伝えた理由
“わかりやすく”ほど大きな落とし穴はない
柔道整体師の資格を持つ矢田は、「身体知」を重視している。自分の身体の声に耳を傾けよう、という考え方だ。
普段、自身の接骨院で患者を治療するのと同じように、矢田はトレーナーとしてアスリートを指導する際にもまずは身体を触る。動作の特徴は身体に表れており、触って感じたイメージについて会話をしながら擦り合わせていくのだ。そして将来の理想を訊き、どうやって目指すかを一緒に探っていく。
まだプロで未登板だった山本は、矢田を訪れた当時から「世界」を見据えていた。同時に抱えていた問題が、投球の出力に耐え切れずに右肘が張ることだった。
山本の過去、現在、未来をつなぐと、矢田は言った。
「寝る間を惜しんでトレーニングをしたとしても、今の投げ方の延長線ではあなたの思い描く理想には行かれへんよ。そこに行くためにはフルモデルチェンジが必要ですよ」
初対面の者に対し、いささか厳しい言葉に聞こえる。プロ野球人生を歩み始めたばかりとはいえ、己の腕で道を切り開いてきた男だ。
逆に言えば、矢田がそうした表現を選んだのには理由があった。
「野球に限らず指導するとなったら、わかりやすく説明するじゃないですか。わかりやすくないと、相手に伝わらないですから。でも、“わかりやすく”ほど大きな落とし穴はないんです。例えば誤解を招くとか、違う解釈をされることがありますよね。言葉尻だけを捉えると、指導者の意図とは違う形になったとか。スポーツの現場ではそういうことが多いと思います」
筒香嘉智との自主トレ
どうすれば、自分の真意は山本に伝わるのだろうか。矢田はそう考えて、あえて刺激的な言葉を選択した。
「彼も自分の思い込みの投球をやっていたので、その思い込みを排除しないことには動きは変わりません。『ここをこうしようか』と部分的に伝わって形はでき上がっても、中身はまったく別のものになりますよね。だからまずその思い込みを消すということで、『フルモデルチェンジが必要やね』と伝えました」
山本は「やります」と即答した。
「最初は少し話しただけだったですけど、すごく解決してくれそうだなと何となくピンと来て。もともとの原因から直していかないと、改善されないということでした」(山本)
以降、山本は数週間に1度、矢田の下へ通った。オリックスの合宿所「青濤館」がある舞洲から、矢田が施術所を構える鶴橋へは公共交通機関で1時間弱という好アクセスにも恵まれた。
主に取り組んだのは、矢田が考案した「BCエクササイズ」だ。その内容は次回以降の連載で記すが、山本の動画が拡散されて話題になったブリッジはその一つである。
ウエイトトレーニングは一切しないという矢田の取り組みは、現在の野球界では“異端”に位置づけられるだろう。
だが、その下から巣立った先駆者もいる。中学生の頃から矢田の教えを受けてきたのが、DeNAからメジャーリーグへ飛び立った筒香嘉智(現レンジャーズ傘下)だ。
2017年オフ、1年目のシーズンを終えた山本は筒香と一緒に自主トレをする機会に恵まれた。
「そのときに、すべてと言っていいくらい変わりましたね」
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