ドラマ「silent」大ヒットで「シモキタ」周辺が“聖地”に 小田急「再開発」を成功に導いた“地域密着”戦略

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定石通りにやらなかった小田急

 しかし、小田急はここで真逆の道を選んだ。なぜなのか?

 小田急電鉄まちづくり事業本部エリア事業創造部の向井隆昭氏によれば、「下北沢の方々と話す中で、我々は街の皆さんを“支援”する形の開発がよいと考えたからです」という。

 一体、どういうことか。

「開発の前にまず我々が行ったのは、街を徹底的に調べるということです。毎日歩きまわり、お店の方々に会い、商店街の会長さんや古くからいらっしゃる方々に、歴史も含めていろんな話をお聞きしました。そうした中で、どういう街にしたいかなど、すごく熱い思いを受け取ったんです。例えば、下北沢は個人が経営する飲食店がいっぱいあって、“◯◯さんの店だから行こう“とか、店の方の顔が見えるんですね。その店の常連になってコミュニティができたり、広がりもあります。演劇や音楽の街でもあり、面白い人たちが集まってくる。お店でそういう人たちがつながっていくのも下北沢の魅力の一つだと思うんです」

 街の人からは「個人経営の店が減り、チェーン店が増えてきた」と嘆く声もあったという。チェーン店の良し悪しではなく、下北沢という街の持ち味を考えた時に、個性のある店が多い街であって欲しいとの思いが強かった。

 チェーン店はどこでも変わらない画一的なサービスを是とするのに対し、個人店のサービスは店主次第。「個人の店が多いのは街の多様性を示しているともいえます」と向井氏。

 しかし、問題は人気の街ゆえに高騰する家賃だ。これについて向井氏らは「ボーナストラック」である解決策を打ち出すのだが、それは後ほど。

方向性を180度転換 支援型街おこしへ

 下北沢の人々との関係を深める中で、向井氏らは世田谷区が主催する「北沢デザイン会議」や「北沢PR戦略会議」といった街づくりに関する集会に参加するようになった。

「まだ開発計画もちゃんと形になっていませんでしたし、再開発への反対運動もあったので、出づらい部分もあったのですが、2017年に初めて参加しました」

 そこで住民の思いやアイデアを聞いたことで、再開発に向けてのスタンスが大きく変わったという。

「参加する前は、“デベロッパーとして我々がこの街の価値を作らなければいけない”と、全て自分たちでやるような考えでいました。しかし皆さんの話を聞いていると、そこに大きなヒントがありました。下北沢の街にとっては、我々が前に出るより、個性のあるお店や、住民の方々の思いを支援するスタイルの方がいいと気づいたんです」

 例えば、再開発地には二つのホテルができた。一つは世田谷代田駅横の温泉宿「由縁別邸代田」。もう一つは東北沢駅寄りにある「マスタードホテル」だ。これも住民や商店街の思いを聞いて生まれたものだという。

「下北沢は“宿”が足りていないのが現状です。由縁別邸代田は、世田谷代田の複数の方から、息子夫婦、娘夫婦が来た時に、近くにいい宿があったら泊まってもらって、夜も食事に行けるのに、という話を聞いたことがヒントになりました。マスタードホテルは、商店街や演劇・音楽関係者からの要望です。遠方から来た方が演劇や音楽ライブを見た後、飲食を楽しんだ後、下北沢に宿がないから、新宿や渋谷に行ってしまう。宿があれば下北沢の街で過ごす時間が増えて街全体も潤うのに、と」

「silent」のクリスマスツリーが飾られた南西口のスペースも、地元からの「広場が欲しい」という要望を踏まえて作られた。

「線路跡に低層の建物が多いのは、高さ制限があるためです。南西口の(tefu)loungeのビルは制限区域から外れているので、もっと広く、高いビルにすることもできましたが、景観や圧迫感を考えて5階までにし、地元の方々が使える余白を確保して、イベントもできる広場を作ったんです」

 下北沢駅は本多劇場などがある東口が表玄関であり、南西口は“裏口”感が拭えないが、ツリーが設置された期間はたくさんの人々が南西口に集まり、賑わいを見せた。

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