義時に政子は毒消し薬を…勝者なき「鎌倉殿の13人」で三谷幸喜氏が描きたかったこと

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 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の全48話が終了した。主人公の鎌倉幕府2代目執権・北条義時(小栗旬[39])は3番目の妻・のえ(菊地凛子[41])に毒を飲まされた後、姉の政子(小池栄子[42])に毒消し薬を渡してもらえず、絶命した。脚本を書いた三谷幸喜氏(61)は動乱の世の権力闘争を映し出しつつ、一貫して家族の物語を描いた。

 戦国時代、江戸時代などと比べ、鎌倉時代のドラマは当たりにくいというのが定説。なぜ、「鎌倉殿の13人」はそれを覆せたのだろう。

 理由の1つは家族の愛憎や相克に重きを置いたからに違いない。ホームドラマの要素を巧みに織り込んだことにより、約800年前の血生臭い時代を身近に引き寄せた。

 三谷氏は2020年1月の制作発表で「鎌倉殿――」のざっくりとしたストーリーを、アニメ「サザエさん」(フジテレビ)と映画「ゴッドファーザー」(1972年)になぞらえて説明した。家族の物語になることはあらかじめ約束されていたのである。

 伊豆国(静岡県伊豆半島と東京都伊豆諸島)の小豪族の次男だった義時が、権力を握った端緒も姉の政子が第3話で初代将軍・源頼朝(大泉洋[49])と結婚したから。家族が関係した。また北条家を背負うことになったのも兄の北条宗時(片岡愛之助[50])が第5話で不慮の死を遂げたため。

 義時は偉大な義兄の出現により、置かれている立場がガラッと変わった。また、自分らしく生きられるはずが、急に跡取りになり、そうはいかなくなった。現代でもありそうな話だ。義時の境遇は物語を紡ぐ立場の三谷氏には魅力だったに違いない。

 跡取りになる前の義時は頼朝に向かって「私は戦にもまつりごとにも興味はありません」と明言していた(第3話)。欲のない小市民的な男だった。

 一方、宗時は野心家。暗殺者・善児(梶原善[56])に命を奪われる直前、義時にこう胸の内を明かしていた。

「坂東武者の世をつくる。そのテッペンに北条が立つ。そのために源氏の力が要る」(第5話)

 自分たちはちっぽけな豪族に過ぎないのだから途方もない夢である。この言葉を聞いた時、義時は驚愕した。無理もない。だが、第31話「比企の乱」以降、宗時の夢は義時の人生哲学とぴったりと重なり合っていく。

 この乱を境に義時は北条家への権力集中を目指し、源氏を利用し始める。ルビコン川を渡った。2代将軍・源頼家(金子大地[26])は暗殺(第33話)。3代将軍・源実朝(柿澤勇人[35])は見殺しにした(第45話)。どちらも自分の甥である。

 この乱は義時の家庭人としてのターニングポイントでもあった。最初の妻・八重(新垣結衣[34])が川で溺死(第21話)した後、傷心していた義時に対し、幸福な時間をもたらしてくれた2番目の妻・比奈(堀田真由[24])を裏切る。比奈が敵のボスである比企能員(佐藤二朗[53])の姪であることから、スパイに仕立てた(第31話)。

 比奈を慕っていた長男の北条泰時(坂口健太郎[31])は常識人なので、「母上を利用したのですか!」と憤然とした。しかし義時は顔色1つ変えなかった。

 この時の義時は泰時に対し、頼家の幼い長男・一幡を「殺せ」とも命じている。自分にとっても又甥だ。それまでの義時とは別人になっていた。

 義時の変化を観る側に「あれ、なんか急に変わった」と思わせず、いつの間にか別人にしたのは三谷氏と小栗旬のうまさ。義時の着物は青年期の若草色から深緑色になっていた。

「どうか父をお許しください」

 乱の後、比奈は義時に離縁を申し出た。叔父の能員らを殺害されたためでもあるが、義時から家庭人の顔が消えてしまったのだから、至極当然だった(第32話)。

 義時にとって大切なのは「家族」ではなく、自分を中心とする「北条家」という実体のないものになった。言葉としては存在するが、中身は空っぽ。家族である父・北条時政(坂東彌十郎[66])も政子も妹・実衣(宮澤エマ[34])も情けをかける対象ではなくなった。

 義時は「牧氏の変」を企てた時政を討とうとした(第37話)。

「執権、北条時政、謀反。これより討ち取る」(義時)。

 これも実体のない北条家を守るため。時政を見逃せば、「北条家は身内に甘い」と批判される。

 そんな非情な義時に抵抗し、時政を救ったのは政子だ(第38話)。

「どうか父をお許しください」(政子)

 御家人たちに向かって時政を助けてくれるよう哀願した。政子は「将軍家」や「北条家」ではなく「家族」を優先したのである。

 次男・阿野時元(森優作[33])に謀反をけしかけた実衣にも義時が死罪を下そうとするが、やはり政子が助ける(第46話)。血を分けた姉弟ながら、義時と政子の家族観の差は歴然。これが大きな見どころだった。

 義時にとっては政子も利用する存在でしかなかった。それは言葉にも表れた。実朝が公暁(寛一郎[26])に暗殺されたことにより、次男と孫を1度に失い、絶望して伊豆に帰ろうとする政子を義時は引き止め、こう言った。

「頼朝様のご威光を示すことが出来るのは、あなただけだ」(義時、第45話)

 お飾りのシンボルにしようとした。肉親にかける言葉ではない。

 冷酷さが功を奏し、義時は北条家という中身のないものをテッペンに立たせた。別世界の人である後鳥羽上皇(尾上松也[37])まで屈服させた(最終回)。

 もはや怖いものなし。ところが、義時が捨ててしまった家族というものに毒を盛られてしまうのだから皮肉だった。3番目の妻・のえである。そもそも義時がのえを顧みなかったためだ。

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