阿部詩 ライバル志々目愛との熱戦を制し優勝 パリ五輪までに怪物になれるか

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 30年ほど前に人気を博したテレビアニメ『YAWARA!』(日本テレビ系列)以来、ひさびさの柔道アニメが来年1月から始まる。『もういっぽん!』(テレビ東京ほか)だ。12月3~4日に東京体育館(渋谷区)で行われた柔道グランドスラム東京2022に詰めかけたファンも、「もう一本」を見たかったはず。しかし、今大会の注目の一戦、女子52キロ級の決勝戦は、「反則勝ち」で勝敗が決まった。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

充実した試合内容

 女子52キロ級は大会2日目に行われ、注目の阿部詩(あべ・うた=日本体育大学=22)が畳に上がった。

 阿部は初戦(2回戦)、カザフスタンの選手に押さえ込みの一本で勝利。続く準々決勝もキプロスの選手を圧倒し、最後は押さえ込んだ。この試合では阿部の技が切れすぎたため、内股で吹っ飛ばした相手の体が空中で回りすぎて腹から畳に落ち、ポイントにならないことが2回もあった。準決勝は消極的なモンゴルの選手に3つの指導が与えられ「反則勝ち」。この階級には、海外勢のトップ級が出ていたとは言えなかった。

 決勝では、積年のライバルで昨年の世界選手権を制した志々目愛(ししめ・あい=了徳寺大学職員=28)と激突した。

 志々目は宮崎県都城市出身。最近でこそ阿部に差をつけられたが、阿部のほか48キロ級に階級を変更した角田夏実(つのだ・なつみ=了徳寺大職員=30)などのライバルとしのぎを削ってきた。世界選手権も2度優勝。とりわけ外国人選手に滅法強く、「対外国人」で57連勝の記録を持つ。阿部が東京五輪の決勝で戦ったフランスの強豪アマンディーヌ・ブシャール(27)にも2度完勝している。志々目は男子の丸山城志郎(まるやま・じょうしろう=ミキハウス=29)を思わせる鋭い内股が武器で、寝技も一級品だ。

 阿部が右組、志々目は左組で、組み合うと互いに半身のような形になる。試合はほとんど互角の内容だが、前半は志々目が押しているような印象だった。交互に内股を掛け合うが、双方、余裕をもって残す。阿部は時折、得意の袖釣り込み腰などの担ぎ技を見せるも、志々目に危ない場面はない。隅返(すみがえし)などの捨て身技を織り交ぜ、時に下から関節技も狙う。

 緊迫した試合は4分を使い切り、ゴールデンスコアの延長戦に入る。阿部はますます攻勢を強める。志々目の右脇下を掴むなど組み手を変えて大内刈りなどで攻めると、次第に志々目の技が減ってくる。そして延長4分、志々目が阿部の袖釣り込みを何とかかわし、畳にうつ伏せになった。立ち上がって定位置に戻ったが、審判に「攻めていない」と見られて3つ目の指導が与えられた。これで阿部が勝利した。

 どちらの「一本」も見られなかったが、試合は充実した内容だった。畳横のカメラマン席でシャッターを切っていた筆者には、2人の激しい息遣いが聞こえていた。

勝者を称える志々目

 志々目は2017年の体重別選手権で阿部に勝利している。今回、久しぶりの勝利とはならなかった。審判に敗北を宣告された志々目は、阿部よりも先に大きく手を広げて阿部に近寄り、勝者を称えた。攻撃の手を緩めない阿部の圧力を受け続けて先に疲労してしまったようだったが、どこか納得して相手に敬意を払った様子に見えた。

 一方、畳を降りた阿部は、スタンドの観客が差し出した色紙にサインをし、いつもの「百万ドルの笑顔」を観客席に振りまいて会見に臨んだ。

「来年の5月(世界選手権)まで、まだまだ課題が山積み。しっかり取り組んで世界選手権で優勝したい。敵は自分自身。しっかり準備し、パリ五輪までにはもっと強くなった阿部詩を皆さんにお見せしたいと思っている。今回の試合は納得できるものではないけど、しっかり勝ち切ったので85%と思います」などと話した。

 直後の囲み取材で筆者が「これからは豪快な一本ばかりではなく、今日のような試合も増えるのでは。下手するとこういうの(指導3)で負けることもあるかもしれないし、そこはどんなふうに?」と質問すると、「そこを負けないようにしっかりとやっていきたい。そういう試合が続いても絶対に勝てるようにしていきたいですね」と答えた。

 この日、大会に欠場した兄の阿部一二三(あべ・ひふみパーク24=25)はスタンドで妹を見守っていた。

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