想定外の良作ドラマ「silent」 心乱れる若者たちの表情が絶品!

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 秋ドラマ、医療モノがやや多めだが、想定外の良作に遭遇。珍しく、心の隙間に音を立てずにスーッと入り込んできたラブストーリー。それが「silent」だ。

 主役・青羽紬を演じるのは川口春奈。幼なじみで高校の同級生でもある戸川湊斗(鈴鹿央士)と付き合って、そろそろ同棲を考える時期。

 ある日、紬は元彼の佐倉想(目黒蓮)の姿を見かける。8年前、一方的に別れを告げた想は紬だけでなく、親友でもある湊斗や、同級生とも連絡を絶っていた。

 実は、想は高校卒業後に聴力を失っていく難病を発症していた。絶望と不安を抱え、人間関係を拒絶した背景がわかる。偶然の再会と衝撃の真相。それぞれの心は千々に乱れ始めるという物語。汚れた心と爛れた体の私がなぜこんな清廉な純愛モノに引かれるのだろうか。要素をまとめてみる。

 まず、高校時代と現在を行き来する展開が絶妙で心地よい。唐突過ぎず、かといって間延びせず。三人の心情描写のひとつひとつに寄り添って適宜、過去に遡るという手法がとてもいい。人物を丁寧に描きたい思いがひしひしと伝わってくるし、作為的な誘導や無駄な煽情もない。淡々と、着実に三人の心模様と来し方を見せて、飽きさせない。無音になる場面も、決してあざとくないのに象徴的だ。

 また、川口・鈴鹿・目黒の三人が、この世界観にピッタリ。怒りや憎しみよりも、配慮と自責を優先してしまう人々。主成分は優しさと切なさともどかしさと。

 川口の涙の多彩さには驚いた。にじませたり溢れ出させたりとめどなく流したりで、水分を自在に操る泣き顔には感動しちゃったよ。水芸の松旭斎一派に入門できるレベル(例えが古いね)。

 鈴鹿は最も複雑な思いを抱く難役。大好きだった幼なじみが親友にフラれて傷つき、ようやく相思相愛と思いきや、親友が再び現れて。そりゃ、心乱れるわな。バファリンより優しさ配合率高めの男子を伏し目がちに好演。目黒は韓流ドラマに登場しそうな「精度の高い優美さ」。手話で川口と会話するときの表情はファン以外の女性も虜にしたはず。

 セリフの妙というよりは、ふとした瞬間の表情が三人とも絶品なのよ。白黒はっきりはしないが、心がざらついたり、毛羽立つような一瞬を見事に表している。

 目黒に寄り添う女性を演じるのは夏帆。手話の演技には拍手喝采を送る。手話には表情も重要なのだと教えてくれた。手話の講師で何やらトラウマが匂う風間俊介の存在も捨て置けない。

 川口の弟の板垣李光人、目黒の妹の桜田ひよりも「きょうだい愛」が強く、今後の動向が気になるところ。

 個人的には第3話、鈴鹿目線のエピソードが大好物。会社でセクハラといじめに遭っていた川口が、淡々と一人語りするシーンがとても印象的だった。令和の若者が直面している空気感が、あのワンシーンに凝縮されていた気もするのよね。また、川口と鈴鹿が紡いだ時間の愛おしさと、それが壊れるかもしれない不安が全部乗せの秀逸な回でもある。

 脚本・生方美久の今後に多大なる期待を寄せておく。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年11月10日号掲載

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