貧困シングルマザーはなぜ個人的な事情まで打ち明けるのか ベテランライターの「傾聴」術とは

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 ノンフィクションライターの中村淳彦氏は、数多くの人へのインタビューをもとに執筆することが多い。映画化もされた『名前のない女たち』シリーズなど、多様な職業の人、貧困に苦しむ人などへの取材を重ねてきた。

 なぜこんなに個人的な話まで打ち明けるのか。中村氏の著書にそんな感想を抱く読者も多いことだろう。

 新著『悪魔の傾聴―会話も人間関係も思いのままに操る―』(飛鳥新社)で中村氏は、長いライター歴でつちかった「傾聴」、つまり話をじっくり聞くためのノウハウを披露している。

 一般的には「落ち着いた場所で、最初は場をあたためながら、徐々に本題に切り込む」といったやり方が取材の常道のように捉えられがちだが、中村氏は別のやり方が有効な場合も多いと説く。

 3千人を超える人数を相手にしてきたプロの聞き手ならではの知見とはいかなるものか。「聞く場所」「相手との位置」「聞くツール」について述べた箇所を抜粋・引用してみよう。(以下は『悪魔の傾聴』をもとに再構成したものです)

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混んだファミレスでいい時もある

 ある40代の貧困シングルマザーを取材したときのことです。その女性は、取材の場所に自宅の最寄り駅前にあるファミレスを指定してきました。

 女性は筆者に対して事前に「経済的にも精神的にも生きるのが苦しい」とメッセージを送ってきていて、詳しい事情は顔を合わせてから聞くつもりでした。

 待ち合わせの時間は、ランチタイムで混んでいました。

 女性は先に到着しています。

 見た目は年相応です。

 女性が確保した4人がけテーブルの隣では、サラリーマンが1人でランチをしていました。ここで会話をしたら、内容は隣の席にすべて聞こえてしまうでしょう。

 ランチタイムのファミレスがどんな状況か想像できたはずですが、女性の提案にうなずいてしまった筆者のミスでした。

 店を変えるべきか、相手の出方をうかがいますが、女性は声が大きめでした。

 確実に隣のサラリーマンに鮮明に聞こえています。

 女性の性格やモチベーションを察するために、筆者は席に座る前にあいさつ、こちらから声をかけて二言くらい雑談をしました。

 ランチメニュー(500円)が安価だったので、わざと驚き、女性に「この価格、すごいね」と同意を求めました。

「私、お金ないから、頻繁に使っていますぅ。本当に安いですよね」

 そう返答がありました。そのときの表情や声質などの反応の温度感で、女性が前向きな意識でこの場所に来ていることを察しました。

 筆者はこのままいけると判断しました。隣の席に話を聞かれたくない、初対面の筆者になにかしらネガティブな感情があるなど、マイナス要素があれば、返答の温度感でわかります。

場所よりも相手のモチベーションを優先する

 ここでネガティブな反応が見えた場合、店を変えることで雰囲気や状況を変えるか、直接本人に具体的な理由を聞いて改善します。昼時のファミレスを指定したのは女性自身で、本人は近くに人がいる状況をあまり気にしていません。

 それと、筆者がまったく知らない土地で新しい場所を探すリスクをてんびんにかけて、このまま話を聞くことにしました。

 なにがリスクかというと、店を変えた場合はいまの前向きなモチベーションが失われる可能性があることと、隣に人がいることで語りに制限がかかる可能性です。女性の様子を眺めながら瞬間的にメリットとデメリットをてんびんにかけ、前者のリスクを避けることにしました。隣に声が聞こえても、そのまま店を変えずに続行するという選択です。

 筆者は一言だけ雑談し、モチベーションを確認。そのまま継続することを決めました。

斜め前を意識すること

 この時、4人がけテーブルに相手の女性と筆者の2人という状況で、筆者は女性の斜め前の席に座りました。

 傾聴時の座り位置は、非常に重要になります。

 傾聴をする際には、一般的な4人がけテーブルならば相手の斜め前がベストです。

 正面や隣と比べると、相手から距離がもっとも遠い座り位置です。

 ここがベストポジションなのは、距離が若干離れるくらいが圧迫感なく、お互いに心に余裕ができ、消耗が少ないことが理由です。

 語りは予定調和ではありません。流暢(りゅうちょう)に続くわけではなく、どこかで必ず沈黙や間がやってきます。そんな時、この位置だと、目線を自然と正面に外せます。ひとときの精神的な休息になり、目線を外して間を置けることで、次の語りの質問を考える余裕ができるのです。

 正面の位置では目線の逃げ場がなくなります。

 相手から近い正面の位置は、相手に対して積極的な気持ちは伝わるでしょう。しかし、敵対の位置でもあるのです。真正面に座って感じる緊張感と圧迫で、お互いの疲弊は早くなります。特に聞き手が疲れてしまって途中で集中力を失うみたいなことになりかねません。

 傾聴だけでなく、対人コミュニケーションは少し距離を置いてダラッとしているくらいがちょうどいいのです。

 それと正面は、沈黙のときに目線の逃げ場がなく、相手との距離が近いのはデメリットのほうが大きいのです。

 日常生活の会話は突発的に起こることがほとんどであり、聞き手が位置を選べる状況にありません。そのような場合では、「90センチ程度離れる」「正面で向き合わない」ことを意識しましょう。婚活のお見合いや初めてのデートなどでも同様です。

メモやパソコンの問題点

 一般的に取材の場面でインタビュアーは質問事項をあらかじめ準備し、質問をぶつけて相手の語りを聞くという形式をとります。そういう人が多いです。

 しかし、筆者が行う傾聴では、あらかじめ準備した質問事項は弊害になる可能性があると考えます。質問事項が語りの方向性や上限を決めてしまう、相手に日常ではない雰囲気が伝わってしまうなどなどが理由です。

 同じ理由で、メモも取りません。ライターの世界では、メモを取りながら、ノートパソコンを打ちながらインタビューする人をよく見かけます。

 決められた情報を聞いて確認するためならば問題ないですが、相手から本音を引き出すことを目指す場面ではNGです。メモを取らない筆者は、最低限の装備ということでいつもICレコーダーを右手で握っているだけです。

 相手に合わせる「ミラーリング」を意識することが傾聴では重要なのです。

 ミラーリングする最大の目的は、相手の語りとリズムを合わせることです。人の語りには、それぞれリズムがあります。

 語りを聞きながら、聞き手は相手のリズムに合わせて適当な間合いで相づちを打ち、語りやすいリズムをつくっていきます。

 パソコンを打ちながら、メモを取りながらだと、聞き手のリズムに相手を合わせさせることになってしまいます。

 何事も、リズムがズレると気持ちが悪いでしょう。会話のときに聞き手が異物を持ち込むと、必ずリズムがズレます。そうなると相手が気持ち悪くなり、不協和音にならないように、相手が聞き手にリズムを合わせてきます。当然の結果として語りも鈍ることになって、本末転倒なことになるのです。

 語りに制限がかかった上にリズムが崩れたら、もう傾聴の目的である相手から本音を聞き切ることはあきらめるしかありません。

時間は90分が限度と心得る

 40代シングルマザーの声は大きく、隣にいたサラリーマンに予想通り丸聞こえでした。

 しかし、女性は語ることに前のめりで、なにも気にしていません。

 日常が孤立しているのか、とにかく「聞いてほしい!」というモチベーションが伝わってきます。

「彼氏に殺されるのではないかと思うほど、殴られました。鼻血が出て血まみれになっても、暴力は止まらない。裸足で逃げました。男は怒鳴って追いかけてくる。車に飛び乗って、ジンジンと染みてくるような痛みに耐えながらハンドルを握って、実家に助けを求めました」等々、過酷で深い話が次々飛び出します。

 しんどい過去や現状を背負っている人はたくさんいます。筆者に対して「平和な日本で、そんなことが本当にあるのですか?」みたいなニュアンスのことを言う人は多いですが、そう言ってくる人は、日常で接する身近な人々から本音を聞くことができていない可能性が高いのです。

 このような過酷な話でなくとも、人の話を聞くことは、聞き手の体力と精神力が削られます。相手は自分語りをしているので、次から次に言葉が出てきます。しかし、聞き手はまったく未知の物語を突きつけられているので、疲弊の度合いが違うのです。

 聞き手に疲れが出ると、まず集中力がなくなってきます。人によって差はありますが、おおよそ始まってから40 分くらいまでは、相手の語りはどんどん自分の中に入ってきます。そして、だんだんと疲れてきて、聞き手の情報の吸収力は低下していきます。90分を超えたあたりから、相手が語っていてもインプットすることができなくなり、だんだんと上の空になってしまうのです。経験上、聞き手の集中力が持つのは長くて120分、平均90分程度です。

 その時間を超えると、自分の容量がいっぱいになって頭に入ってこなくなります。実際に人間の集中力には15分、45分、90分とリズムがあり、小学校の授業は45分、大学の講義は90分です。

 ですから、あらかじめ話を聞くのは制限時間90分と設定、上限を決めて進めていきましょう。

 筆者のまわりを見ていると、多くの男性たちはこのような場で無自覚に自分語りをして、プロ取材者であっても大多数はパソコンを打ちながら、かなりの時間を使って雑談や自分の話をしています。そうしているうちに、時間は過ぎていきます。その結果、リズムが崩れて制限時間を超えて中途半端に終わってしまうのです。

 制限時間オーバーや自分語りが理由で途中下車してしまうと、どこに相手の語りのゴールがあるかわかりません。彼らのほとんどはゴール前で終わらせた自覚はなく、会話のリズムが崩れていることにも気付いていません。

 また、こうした話を聞きながら、ついついアドバイスをする人も多いようです。

「まずは経済基盤をしっかりしなければ」「子供を第一に考えよう」等々。

 もちろん、そうしたアドバイスを求められている場であれば問題ありませんが、相手の話を聞くことが第一目的である場合に、この種のアドバイスは余計です。

 単に話し手の話すモチベーションを下げることにしかならないと肝に銘じる必要があるでしょう。

中村淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター。介護などの現場でフィールドワークを行い、貧困化する日本の現実を可視化するために、傾聴・執筆を続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)は2019年本屋大賞ノンフィクション本大賞にノミネートされた。

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