スティーブ・ジョブズが愛した京都「俵屋旅館」 部屋係が残したメモの中身「旦那様、筍大好き、あわふ田楽はまったくダメ」

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 10月5日に11回目の命日を迎えたアップル社共同創業者の1人であるスティーブ・ジョブズ(1955~2011)は、日本びいきで知られる。特に京都を愛し、京都市中京区にある「俵屋旅館」を定宿とした。俵屋の部屋係が残したジョブズの食の好みにまつわる貴重なメモを読み解く。【柳田由紀子/アメリカ在住ライター】

「ジョブズとレストランに行くのは苦痛だった」

 自社製品に一切の妥協を許さず、完璧を追求したスティーブ・ジョブズ。その過剰なまでの情熱は時に「現実歪曲フィールド」と周囲の者から揶揄されたが、ジョブズ、食にもうるさい人だった。若い頃からのベジタリアンで極端な性格の彼は、一時期、りんごとにんじんしか口にしなかったこともある。外食先でのお小言は日常茶飯で、「まずい!」と供された品を突き返すことも多々あった。実際、「彼とレストランに行くのは苦痛だった」と幾人もが証言している。

 ジョブズの初訪日は1978年。以来、数えきれないほど日本を訪れたが、もっとも愛したのが京都。生前、ジョブズは、以下の言葉を残している。

「僕はいつも、仏教、とくに日本の禅宗をとても美しく崇高と感じてきた。なかでも、もっとも崇高なのが京都やその周辺にあるいくつもの庭園で、僕はその文化が醸し出すものに深い感銘を受ける」――” Steve Jobs” (Walter Isaacson/Simon & Schuster, 2011)

 日本の古都に感銘を覚えたジョブズ。ところで、彼には日本食や京料理を味わう舌があったのだろうか?

 私は試しに、ジョブズが京都で通ったという蕎麦店「晦庵(みそかあん)河道屋(かわみちや)」に行ってみた。そして、答えを得た思いがした。河道屋の蕎麦が固めに茹でられたコシのあるものだったからである。

 在米生活20年になる私は、常々、アメリカのパスタの茹ですぎブヨブヨにうんざりしている。アルデンテを好むアメリカンは圧倒的マイノリティーで、さらに、コシのある日本蕎麦をうまいと感じるアメリカ人など皆無に等しい。それなのに、ジョブズは河道屋に通い続けた。この事実だけで、私は彼の舌を信じたいと思った。

京都を愛したジョブズの定宿

 ジョブズの京都での定宿は「俵屋旅館」。創業300年余の名旅館である。

 俵屋の記録によれば、ジョブズは1996年4月7日から12日までと2004年3月28日から4月3日まで、そして、2010年7月25日から30日までの3度宿泊している。ただし、1989年にジョブズと京都を2人旅したという米国人の友人に俵屋の写真を見せたところ、「たぶん、ここに泊まったと思う」とのことだったので、記録以前にも俵屋に宿泊した可能性がある。

 ちなみに、その友人によれば「スティーブは京都に詳しく、案内人も運転手もなしに京の街を自由自在に歩き回っていた」という。この人の記憶はおぼろげだったが、「もしかしたら公共交通機関も使ったかも」。ジョブズが、たとえば京都の地下鉄に乗ったと考えるとちょっと愉快な気がする。

 さて、俵屋に話を戻し、社長の佐藤守弘さんの回想を聞こう。

「私もお目にかかりました。最後に滞在された時は、今から振り返ると亡くなる14カ月前。これが最後の京都となってしまったようですね。私的な家族旅行でしたが、食は細く、サラダ中心に召し上がっていました。ドレッシングは自家製を持ち込まれていました」

 佐藤社長が、貴重な部屋係の記録を見せてくれた。

「この部屋係は、その後結婚し地方に越したので、現在私どもに勤めていませんが、若くて頑張り屋。これほど几帳面な記録を残したということは、それだけ気を配った証拠でしょう。ジョブズさんほど連泊されるお客様には、やはり気を遣います。とくに板長は苦労いたします。まして、ジョブズさんはベジタリアンでしたから相当の工夫を施したと存じます」

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