エミー賞6冠「イカゲーム」は結局何がすごかったのか

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世界に受け入れられる普遍性

 きわめて韓国的な「イカゲーム」が描くものは、韓国社会のみにしか通用しない感覚ではない。自己責任論と見せかけの平等を伴う新自由主義的な空気と、その結果としての格差社会は、欧米、中国や日本を含むアジア諸国などでも大きな問題として認識されている。だからこそドラマのテーマは普遍性を帯び、広く世界に受け入れられたのだろう。

 もちろん、ハラハラドキドキさせるエンタテイメントとしての魅力は十二分にある。これまでの時代のドラマの主人公なら、たとえ弱者であっても知恵や仲間との絆によって、ゲームを痛快に勝ち抜いていったかもしれない。しかし、このドラマの主人公ギフンは、その人の好さや愚かさ、優柔不断さから、つねに「貧乏くじ」としか思えない状況に追い込まれ、どうにかこうにかギリギリで生き延びてゆく。視聴者は毎回「よ、よかった……」とどうにかこうにか胸をなでおろすのみで、とうてい痛快とはいいがたい展開である。その姿にこそ多くの人が自分を重ねてしまう、今はまさにそういう時代なのかもしれない。

 そしてたった1人生き延びて巨万の富を手に入れたギフンはもちろんのこと、ゲームの運営責任者「フロントマン」も、最終回にゲームの主催者として登場する人物さえも、ドラマは勝者として描かない。自身の幸せのみに生きることもできたはずのギフンが、どうやらそれを捨ててしまうことがドラマの最後に暗示されている。500人近い人間の死の上に立った彼は、もはや過去の自分にはもどれなくなっている。

「飛躍しすぎ」を承知で言えば、1980年の「光州事件」――軍による民主化弾圧と、民間人の大量殺害――を描いた映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」にも似ているかもしれない。何も考えず生活に腐心していただけの小市民の主人公マンソプは、たまたま飛び込んでしまった光州事件からどうにか生き延びてソウルに戻るが、自分が目撃したあまりに非道な現実を看過できず、震えながら光州に戻っていくのだ。

 Netflixとはすでに3シーズン放送の契約を済ませているとの報道がある。韓国ドラマの歴史を変えた作品は、再び現実の閉塞に痛烈なカウンターを浴びせてくれるに違いない。

渥美志保(あつみ・しほ)
TVドラマ脚本家を経てライターへ。女性誌、男性誌、週刊誌、カルチャー誌など一般誌、企業広報誌などで、映画を中心にカルチャー全般のインタビュー、ライティングを手がける。yahoo!オーサー、mi-molle、ELLEデジタル、Gingerなど連載多数。釜山映画祭を20年にわたり現地取材するなど韓国映画、韓国ドラマなどについての寄稿、インタビュー取材なども多数。著書『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)が発売中。

デイリー新潮編集部

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