作家・田中慎弥が語る安倍元首相喪失への戸惑い 「批判の対象がいたからこそ」

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 安倍晋三元首相が選挙演説中に銃撃され、死亡するという前代未聞の事件。安倍氏に対して批判的なスタンスを取ってきた、芥川賞作家の田中慎弥氏はこの事件をどのように見たのか。

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 テレビで事件の一報を耳にし、ものすごく嫌な気分になりました。私は安倍元首相の地元である山口県下関市出身です。とはいえ、安倍さんに対しては批判的なスタンスでいろいろと発言し、小説でもそれを書いてきました。

 しかし、対象となる安倍さんがいたからこそ、私も批判的な言論活動を行うことができたのです。

 たとえば、安倍元首相が志していた憲法改正や、戦後レジームからの脱却とは、いったいどこを目指していたのでしょうか。そういうことを聞いてみたかったし、それに対し、私なりの批判をしてみたかった。ところが、その対象が急にいなくなってしまい、どうしてこんなことが起きるのか、という思いです。

 ニュースで「パンッ」という破裂するような音を聞いたときは、組織的な犯行なのかと思いました。選挙期間中の、それも応援演説を行っている最中のことでしたから、反政府的な組織による犯行なのか、それとも、なにか政治的な思想が背景にあって起きたことなのか、と疑いました。

「事件を認めることなど、とてもできない」

 ところが、わかってきたのは、容疑者は家庭の事情を背景にして、事件に及んだということでした。そうなると、「これはこういう事件だ」と規定するのが難しい気がします。

 山上容疑者の家庭の事情を聞けば、同情すべき点もかなりあります。山上家は父親が京大を卒業した、エリート一家と呼べるような家庭だったのが、宗教にお金をすっかり持っていかれてしまった。そのことに関しては、山上容疑者に罪はありません。

 しかしながら、彼が行ったことに関しては、「それは理解できる」なんて、到底言えるものではありません。そう言ってしまえば、ある意味、楽なのですが、あの事件を認めることなど、とてもできません。

 それだけに自分の意識の、そして感覚の持っていき場がいま、どこにも見つけられません。

週刊新潮 2022年7月28日号掲載

特集「『安倍元総理暗殺』激震収まらず 」より

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