なぜ異常な猛暑でも「夏の甲子園」を強行するのか 球児の健康より「大人の都合」が優先される「無言の圧力」への違和感

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 全国高等学校野球選手権大会、通称「夏の甲子園」は「未来永劫続く」と多くの人が考えているだろう。日ごろ野球に興味がない人、高校生の日常にほとんど思いを馳せる機会のない人までが、夏になれば高校野球に関心を寄せ、地方大会から熱心に注目する。最近はネットやケーブルテレビの普及があり、地方大会もリアルタイムにで見ることができる。

猛暑の中で

「母校が」「応援しているあの学校が」「故郷の高校が」、勝ったら歓声を上げ、負けたら肩を落とす。高校野球が感情を移入して応援できる、日本の代表的スポーツイベントであることは間違いない。

「高校野球はいいよね」「感動的だ」と大半の大人たちが口を揃える。そういう世間の支持もあって、「夏の甲子園を見直そう」などという空気はほとんどないのが実情だ。

 でもあえて、「高校野球は本来、高校生のものですよ。見て楽しむ大人の都合だけで美化していませんか?」と疑問を投げかけたい。

 まずは猛暑の問題だ。

 今年は6月末からすでに異常な暑さに見舞われた。東京は9日連続で猛暑日を記録。室内にいても熱中症になる恐れがあるとさえ警告された危険な暑さ。環境省は「運動に関する指針」を定め、気温31度から35度は「厳重警戒(激しい運動は中止)」と規定している。スポーツ庁もこの指針の遵守を呼びかけている。ところが、高校野球は「厳重警戒」すべき気温をものともせず地方大会を強行している。しかも、「この猛暑下で野球をやっていいのか!?」と、厳しく問う世論はほとんど聞こえてこない。

秋の甲子園

 高校野球だけが治外法権? 高校野球関連で倒れる人がいてもOK? 誰も安全性を問わない空気が、私には恐ろしく感じられる。生徒の安全と健康を第一に考えるべき野球部の顧問、学校の校長すら、この危険な行事を無条件に受け入れている。これは、虐待やパワハラにも通じるのではないだろうか。

 昨年そして一昨年、東京五輪開催にあたって「猛暑下で強行していいのか!」と激しく批判するメディアや一般の声があった。私も疑問を呈したひとりだ。ところが、夏の甲子園に関して猛暑を問題視する声は盛り上がらない。この違いは何だろう?

 一方にはコロナ禍で「儲け主義オリンピック」を強行する政府や東京都への不満があり、一方には「だって高校野球は見たいもん」という世間の希望がある。さて、大事にされているのは「誰の思い」なのだろう。

 どれだけの高校球児が、「猛暑の中でやりたい」と思っているのだろうか? 「受験勉強に移行したいから秋は困る」と考える高校球児はいるだろう。ならば、選手権は前倒しして、5、6月に地方大会、7月に全国大会の案を検討したっていい。あるいは、「どうせ推薦入学、AO入試で大学に入るから、なるべく3年の終わりまで部活動を続けたい」と望む球児だってかなりの割合でいるかもしれない。彼らにとっては、「秋の甲子園」はむしろ歓迎ではないだろうか。いずれにせよ、高校生自身の考えを聞き、彼らが議論をする機会はあっていいだろう。高校球児が、高校野球の現状や未来を一切語れないいまの状況は奇妙だが、誰もそれを奇妙と思わない。まさに支配的体質が高校野球全体を覆っている。

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