町中華とタクシーが織りなす人間模様 「ザ・タクシー飯店」が侮れない

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 しまった。この3カ月で宇野祥平を3回も描いてしまった。妊娠したり、義父母の離婚に右往左往したりと演じた役も多種多様。今回は地主の馬鹿息子。度重なる離婚で先祖代々の土地を手放さざるを得なくなり、一族郎党から毛嫌いされているタクシー運転手役だ。「ザ・タクシー飯店」の話。

 主演は渋川清彦。ノーカラーシャツにベスト、ハンチング帽とおしゃれな渋川が、乗客との対話でさりげな~く、ゆるやか~に人生のヒントを与えたり、発想の転換をもたらしたりするドラマである。といっても、決して押し付けがましくないし、エエ話ばっかり並べるうそ臭さもない。大袈裟な人情劇でもない。その辺に転がっているさまつな人間模様を、丁寧に拾っているところが私の好み。キャストもおおかた私の好み。

 最近、グルメモノ多発&連発のテレ東だが、10本に1本はこの手の、渋くて後味がしっかり残るドラマを作りやがるから、侮れぬ。

 あ、このドラマのメインテーマは、中華鍋をカンカン鳴らして強火で炒める音、そしてラードとにんにくの香り漂う「町中華」ね。町中華をこよなく愛する渋川のタクシー(珍しいステーションワゴンタイプ)は、ボンネットマスコットがレンゲ、表示灯には「中華」の文字も。町中華へ向かうときに点灯させる遊び心だ。

 登場する店は実在で、叉焼も酢豚も餃子もチャプスイも黄色いカレーも、死ぬまでに一度は食べてみたいと思わせる。こじゃれたしゃらくさい店ではなく、質実剛健の印象だ。本編終了後の店主インタビューでは、劇中に出てこないメニューをイチオシするところもいい。「物語に合わせた品だけじゃないよ、ウチは!」という矜持もうっすら感じる。

 それはさておき、運転手と乗客の一期一会のほうへ。

 第2話では、離婚すると騒いでけんかする夫婦(ふせえり・柳沢慎吾)を町中華へ連れていく渋川。酢豚のタマネギを離婚届の上にうっかり落として、意図せず仲裁しちゃうという妙。

 第3話では看護師の山下リオが乗車。お気に入りの餃子の店を紹介する渋川。患者の死に慣れた自分に嫌気がさすリオに、渋川は自分の身の上を訥々と語る。妻の好きなメロンパンの専門店を始めたものの、ブームが去って大赤字。妻と娘とは別れ、残ったのは借金だけ。でもタクシー運転手の仕事は好きで、「必要とされている気がする」と話す。説教でも愚痴でもないところがいい。そういえば「餃子という文字は食べるに交わる」というくだりに、大人のほのかなエロスを私は覚えた。私だけかしら?

 第5話では、役者で一旗揚げようと青森から上京してきた松澤匠が、夢破れて故郷に帰る際の車内の会話。「挫折ではなく、自分の居場所じゃなかった」という爽やかな強がりの笑顔。実は渋川もミュージシャンだった設定で(実際に渋川のバンド・ドトキンズの曲が流れる粋)、「時代が早すぎたなぁ」の強がりも重なる。

「タクシーの車内は、エレジーとブルースが似合う人間ドラマの宝庫」と思っている人が作ったに違いない。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年7月21日号掲載

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