世界最高の人馬によるレースを日本で行う――後藤正幸(日本中央競馬会理事長)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

日本の馬はトップレベル

佐藤 最近は日本の馬が非常に高いレベルにあるようですね。

後藤 確かにいま、日本のサラブレッドの質が大きく改善されて、高水準にあると思います。ここ数年、機会あるごとに、日本の競馬はトップレベルにあるから自信を持ってやっていこうという話をしています。

佐藤 いつ頃からレベルが上がってきたのですか。

後藤 昔から海外に挑戦した馬はいました。昭和30年代なら「ハクチカラ」、40年代なら「スピードシンボリ」ですね。数は多くありませんが、より高いところに挑んでいこうというチャレンジ精神を生産者も馬主も持っていたと思います。それが一層強くなったのは、1981年創設の「ジャパンカップ」からでしょうね。わずかですが、外国の馬に門戸を開放したのです。それまでは海外で競走経験のある馬は、日本では走れなかった。

佐藤 そこで初めて日本で外国の馬と走ったわけですね。

後藤 最初はまったく歯が立たなかったのですが、毎年続けていくうちに少しずつ日本馬の質が上がってきた。するとより多くの方に競馬で楽しんでいただけるようになり、売り上げ規模が上がります。賞金などが充実し、馬主に参入する人も増えます。そうなると生産の力もついてくる。ここでも循環なんですね。それがうまく回り始めたのは、1980年代の半ば過ぎじゃないかと思います。

佐藤 そこで国際化が一気に進んだ。

後藤 国際化といえば国際化ですが、もともとサラブレッド競馬は、イギリスから伝わってきたものです。文久2年、西暦なら1862年に、横浜の居留地にいたイギリス人によって洋式競馬が初めて行われました。だから最初から国際的なものなのです。もちろん日本にも古来の神事としての馬の競走はありますが、いまある競馬とはまったく違うものです。

佐藤 そもそも競走馬と日本の在来馬はまったく違います。

後藤 先ほど申し上げた国際的な血統登録機関など、海外との接点は昔からあります。だから追いつけ追い越せ、という意味での国際化がそこから進んだという感じでしょうか。

佐藤 3月に行われた「ドバイワールドカップデー」では日本の馬が5勝しました。

後藤 かつて国際的に大きなレースといったら、フランスの凱旋門賞だったのですが、1984年にアメリカで「ブリーダーズカップ」が生まれ、1988年に香港では「香港国際競走」ができます。そして1996年に「ドバイワールドカップ」が開催されるようになり、2020年には「サウジカップ」ができた。こうしたレースを行き来しているうちにノウハウが蓄積され、日本で走るのと同じような環境を馬に作ってあげられるようになってきたんですね。その結果、昨年はブリーダーズカップで勝利し、今年はサウジとドバイで多くのレースを勝って、びっくりするような賞金を獲得してくるようになりました。

佐藤 いま1着賞金が一番高いのはどのレースですか。

後藤 サウジカップですね。1着賞金が1千万米ドルです。

佐藤 それはすごいですね。

後藤 でも、続けられるのかな、と思います。サウジは馬券を売っていませんから。

佐藤 純粋なレースなのですね。ただあのあたりは、壊れたポルシェが砂漠に乗り捨ててあるようなところです。お金はある。

後藤 ドバイなども賞金が高いのですが、石油が枯渇したらどうするのかを考えて競馬開催をしているんです。他にもテニスやクリケットの大会を開き、別荘を作ってリゾート開発をし、観光立国を目指しています。

佐藤 作家仲間だと、元NHKの手嶋龍一さんが競馬愛好家なのですが、アラブの大富豪が北海道に馬を買いつけにくると言っていました。

後藤 生産者であるノーザンファームの吉田勝己代表と親交が深い方ですね。

佐藤 そうです。手嶋さんの説によれば、地球温暖化で北海道が馬の生産に非常に適した環境になっているらしい。

後藤 アラブだけじゃなく、ヨーロッパからも結構来ていると思います。いまや日本の競走馬の質の高さは広く認知されていますから。

佐藤 では騎手のほうはどうですか。

後藤 ジョッキーは昔から技術が劣っているとは思わないですね。レベルは高い。ただ日本の競馬界はかなり恵まれています。賞金も高いし、設備も整っていて、レースの数も多い。しっかりとした仕組みがあり、管理された競馬です。海外だともっと競争が激しく、自分で何とかしていかなければならない。技術的に劣ったら仕事ができなくなるという危機感があります。

佐藤 そこはJRAがうまく循環させ、運営をしているからでしょう。

後藤 ただ、それに満足してしまうのはよくありません。その点、30年以上にわたってずっとトップであり続けている武豊騎手はすごいです。若い頃から海外に積極的に出て行き、日本にいればずっとトップでいられるのに、1年を棒に振ってでも海外に挑む。そして技術を身に付けてきた。その努力を若い人たちは見習ってほしいと思いますし、近年、積極的に海外で修業する若手騎手が出てきたのは、うれしい限りです。

佐藤 後藤理事長はさらなる高みを目指されているのですね。

後藤 いま、東京競馬場に新たに国際厩舎を作り、海外の馬をさらにいい環境で受け入れる準備をしています。またジャパンカップの賞金も上げます。日本で世界最高の人馬によるレースを観ていただきたい。それが私ども主催側の最大の使命だと考えています。

後藤正幸(ごとうまさゆき) 日本中央競馬会理事長
1951年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒。75年日本中央競馬会入会。95年ニューヨーク駐在員事務所長、98年国際部国際企画課長、2000年ファンサービス事業部次長、04年総合企画部長などを経て06年理事に就任。11年常務理事となり、14年に第15代理事長に就いた。国際競馬統括機関連盟(IFHA)の副会長も務める。

週刊新潮 2022年5月26日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]