ウクライナ危機は「安全保障のジレンマ」状態 ロシアは本当に核兵器を使用しないのか

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「愚かな行為」との指摘も

 軍備増強の点でも気になる動きが生じている。

 NATOのウクライナ支援策が大きく変わってきている。

 4月下旬にオースティン米国防長官が「米国の狙いはウクライナ侵攻のようなことが再びできないよう、ロシアの軍事力を弱体化させたい」と明言したように、当初は防衛に必要な武器供与だけだった支援が、ロシアの軍事力を弱体化させる支援へと変わっている。

 これを受けてロシアのラブロフ外相は「西側諸国とロシアは代理戦争に突入した」と発言しており、軍事専門家の間では「この戦略転換によりNATOは一線を越えてしまったのではないか」との懸念が出ている。

 一部の専門家は「『ロシアの弱体化』という発言はプーチン大統領に軍事攻勢のさらなる拡大という選択を迫る恐れがある」ことを危惧している。

 プーチン大統領はウクライナ侵攻当初から、核兵器を使用する可能性をほのめかしてきたが、NATO高官らは「『核兵器を使用する』などロシアの空威張りに過ぎない」と高をくくっている。

 だが「ロシアのような大量の核兵器を保有する大国を追い詰めるのは極めて愚かな行為であり、状況は極めて危険だ」と警告する専門家がいる。

 徹底したリアリズムに基づき大国間のせめぎ合いを分析するミアシャイマー・シカゴ大学教授は文藝春秋(2022年6月号)のインタビューで「自分たちの生存が脅かせるほどの恐怖を感じたとき、国家は大きなリスクを背負って大胆な行動に出る」と指摘する。「強いロシアの復活」を掲げるプーチン大統領にとってジョージアやウクライナなど近隣諸国への侵攻はその目標達成の一環であり、これまで一度侵攻した場所から手を引いたことはない。ロシアがウクライナで敗北しそうになったら、核兵器を使用してでも状況を打開しようと思わないほうが不思議だと言うわけだ。

 プーチン大統領は長年にわたり、自軍が劣勢に陥った場合に限定的な核攻撃を行い、自国に有利な形で停戦に持ち込む戦略を策定する準備を進めてきた。だが、具体的な使用条件については明言していない。

 米ロともに冷戦後の核兵器の配備に関する明確なルールを設定しておらず、ロシアが核兵器を実戦配備した場合、米国はどのように対応するか明らかになっていないのが現状だ。

 米国もロシアも敗北を受け入れる状況になく、もはやバイデン大統領とプーチン大統領が外交交渉を行うのが不可能なレベルまできているが、ミアシャイマー氏は「一つだけ戦争を比較的短期に終わらせるシナリオがある。それはロシアが負けそうになったときに核兵器を使用する状況だ。もしロシアが核兵器を使ったら米国は核戦争へのエスカレーションの脅威によってすぐに戦争終結に動くだろう」と指摘する。

 残念ながらウクライナ情勢は安全保障のジレンマ状態になりつつある。国際社会は「核戦争」という最悪の事態を回避するため、直ちに行動すべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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