山下智久「正直不動産」はドラマ界のトレンドを変えられるか

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潮流を変えた「家政婦のミタ」「半沢直樹」

 2009年度のギャラクシー賞マイベストTV賞グランプリはTBS「JIN―仁―」。全話平均世帯視聴率も19.0%と高かった(2020年3月までは世帯視聴率が一般的な指標)。視聴率と評価が一致していた。

 2010年度の同賞はフジ「フリーター、家を買う。」。全話平均世帯視聴率も17.1%とやはり高かった。2つのドラマにはともにメッセージ性があり、観る側に生き方を考えさせた。

 翌2011年と2013年、ドラマ界の潮流を激変させるモンスターのような作品が登場する。日本テレビ「家政婦のミタ」とTBS「半沢直樹」である。全話平均世帯視聴率は24.7%と29.%だった。

 視聴率を獲るという民放の第一目的を達成するには完璧なドラマだった。面白かった。

 この流れをドラマ制作者たちが追おうとするのは仕方がないことだった。大ヒット商品の出現によって業界全体が変わるのは車や家電などと同じである。

 全く違うように見える両ドラマにはいくつかの共通点があった。「ハラハラ、ドキドキの展開で、片時も飽きさせない」「仕掛けがふんだんに盛り込まれており、次回が気になって仕方がない」「メッセージ性はほとんどなく、自分自身について考えさせることもない」。

 ほかのドラマまでハラハラ、ドキドキ路線が目立つようになり、メッセージや考えさせることがおざなりになった。観る側もそれに慣れた。メッセージがあったり、考えさせたりするドラマを鬱陶しく感じる人も増えたのではないだろうか。

「家政婦のミタ」はナゾの家政婦の主人公・三田灯(松嶋菜々子)の過去と未来を観る側に読ませた。「半沢直樹」は主人公の敏腕バンカー・半沢直樹(堺雅人)にとってのラスボスを推理させた。ミステリーではないにも関わらず、考察が盛り込まれており、斬新だった。

 この2つのドラマが当たったころから考察モノや考察を盛りこむドラマが増えていった。ラブコメだってそう。わざわざヒロインの恋人候補を2人も3人も用意し、どちらと結ばれるかを考察させるようになった。ほかにドラマ界の柱になっているのは刑事モノくらいだから、メッセージは消え、考えさせることもなくなった。

 視聴者側はドラマ界が「さまざまなジャンルの本を揃えた総合書店」であることを望んでいるはずだが、実際には「限られた本しかない不便な書店」と化している。

 もっとも、「家政婦のミタ」と「半沢直樹」がドラマ界の流れを変えたのと同じく、「正直不動産」も潮流を変化させる可能性がある。視聴率はともかく、4月期のドラマの中で、SNSやネットで最も話題になったのは「正直不動産」に違いないのだから。

 ドラマ制作者も記事やSNSは大いに気にする。特に自分の番組に関わることは全員が気にすると言っていい。ある演出家から言われた「的外れな批判をされたら絶対に忘れない」という強い言葉が印象深い。当然、視聴者ニーズが変わってきていることにも気づく。

 また、動画配信のウエイトが徐々に高まっていることもドラマ界の流れを変える要因になるのは間違いない。考察モノ、ラブコメ、刑事モノだけが柱ではNetflixなどのオリジナル作品や海外ドラマ、映画にとても太刀打ちできない。

 動画配信時代となったら、感動とメッセージ性があり、考えさせるドラマも求められるはず。それを求めている人も確実にいるのだから。少なくとも現在の品揃えでは動画配信時代を乗り越えられない。「正直不動産」の好評がドラマ界を変える可能性がある。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部

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