専門家が施設よりも「在宅死」を推す理由 自宅改造にかかる費用、排泄トラブル解決術は?

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坪数×5万円

 とはいえ、そのために何千万円もかけるのは、多くの人にとって現実的ではないでしょう。そこで、費用対効果の面から考えて、私は「坪数×5万円」をひとつの目安にすることをお勧めしています。例えば、30坪の家に住んでいるのであれば150万円をついのすみか用の改修費用に充てるという考え方です。

 こうした現実的な予算設定をした上で、大きなポイントがふたつあります。

 まず、転倒防止策を徹底すること。高齢者が転倒して骨折してしまうと入院を余儀なくされ、その結果、老化のスピードが速まるといわれていますし、移動、更衣、入浴などの日常生活動作(ADL=Activities of Daily Living)の質も急激に下がってしまいます。

 転倒防止策というと、階段や段差に気を付けなければと考えがちですが、国民生活センターの調査によると、実は階段よりも居室内での転倒事故が2倍も多く、高齢者になればなるほど居室で怪我をする割合が高くなります。要因としては、単純に居室にいる時間が長いせいもありますが、階段や段差があるところだと「危ない」と注意が働くものの、居室などでは「安全だ」と思い込んで油断し、転倒してしまうためでもあります。

改修工事は20万円まで介護保険が適用

 こうした現実を踏まえると、階段や段差があるところだけでなく、生活動線上に切れ目なく手すりを張り巡らせることが理想です(掲載のイラスト参照)。広さ35坪の家の場合、LDK、寝室、洗面所、浴室、トイレを手すりでつなぐと、費用は20万円程度かかるでしょう。

 しかし、こうした改修工事にも、20万円までに限り介護保険が適用できます。つまり自己負担1割の方なら、20万円かけて全居室に手すりを張り巡らせても18万円は保険適用になるのです。意外と知られていないかもしれませんが、この制度は有効活用すべきだと思います。

 また、壁などに取り付けるタイプではなく、床置き型の手すりを月額数千円程度でレンタルすることも可能なケースがあります。

トイレのドアを撤去?

 そして、ふたつ目の大きなポイントは排泄対策です。人間の尊厳を考えた場合、やはり排泄くらいはギリギリまで自分でできるようにしたいと思う方がほとんどではないでしょうか。私自身、たとえ床を這ってでも、最後まで人さまの手を借りずに自分でトイレに行き、排泄をしたい。したがって、排泄しやすいトイレへの改修は、ついのすみかを考える上でとても重要だと思います。

 例えば、トイレのドアを「開き戸」から「引き戸」に改修するのはひとつの手です。足腰が衰えた時や車椅子生活になった時、狭い廊下に面したトイレの開き戸を開けるために一旦下がって、開けてからまた進むというのはかなりの重作業になります。引き戸にすれば、その手間が省けます。

 また、「間に合わずに失敗」を防ぐためには、思い切ってトイレのドアを撤去してしまうのが最も手っ取り早い対策です。

 トイレのドアがない、つまりトイレが開けっ放しであることに抵抗感を覚える方は少なくないでしょう。しかし、先ほども申し上げたように、自宅をついのすみかにするためには覚悟が必要です。全て今まで通りというわけにはいきません。そのため優先順位をつけることが大事なのです。「自分で排泄」を死守するのか、それとも「トイレにドアがないなんてあり得ない」を優先するのか。価値観の問題ですからどちらを選ぶかは皆さん次第ですが、いずれにせよ「何を守り、何を捨てるのか」を考えておく必要があります。なお、ドアを外しても、ロールスクリーンをつければ、外から丸見えということにはなりません。

安くて早くて楽、を大切に

 介護と同様、住環境の整備も現実的に可能な対策でなければ意味がない。そう考えると、「安くて早くて楽」であることは、老後生活において極めて重要な価値観のひとつになるのではないでしょうか。なにしろ、トイレのドアの撤去は、ドライバーでネジを外し、どこかに収納してしまえばいいだけですからタダ。「安早楽」の最たるものといえるでしょう。

 自宅をついのすみかにするには、こうしたさまざまな準備や対策が必要です。しかし、手間や面倒があったとしても、やはり理想の最期の場所は病院や施設ではなく、自宅だと思うのです。もちろん、病院や施設での死を否定するものではありません。しかし少なくとも、自らのQODをどう向上させるか、私たちひとりひとりが考える必要があると思うのです。そのためにはまず、日々何気なく生きているなかで、自分、もしくは大切な人の最期を具体的にイメージしてみることだと思います。「生き方は逝き方」なのですから。

田中 聡(たなかさとし)
1級建築士・介護福祉士。1966年生まれ。東京理科大学大学院修了。大手ハウスメーカー勤務、サ高住施設長、設計事務所代表などを通じて、「介護と住まい」「最期を迎える場所」を探求。約30年で千軒超の家づくりに携わってきた。その体験をもとに、昨年8月、『施設に入らず「自宅」を終の住処にする方法』(詩想社新書)を上梓。

週刊新潮 2022年5月5・12日号掲載

特別読物「あなたは病院で死にたいか?『一級建築士』兼『介護福祉士』が辿り着いた答え 『在宅死』のススメと『自宅改造術』」より

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