“盟友プーチン”をようやく批判の山下泰裕全柔連会長 沈黙の理由に感じる違和感
「沈黙は疑心を持たれるだけ」と溝口紀子教授
早くから「山下会長はプーチン大統領にメッセージを出すべきです」と訴えていた、バルセロナ五輪銀メダリストの溝口紀子・日本女子体育大学教授(スポーツ社会学)は、“遅きに失した”との批判もある山下氏のメッセージについて、以下のように話す。
「失望と批判が中心で具体的な提案のようなものはないようですが、まだアイディアがないのだと思います。とはいえ、プーチン大統領が尊敬してやまない柔道家の山下さんが彼を批判しただけでも大きな意味はあると思います。タイミングとしてはもっと早く、たとえば冬季オリパラ開催時、戦争勃発時の初動にメッセージを発信した方がもっと効果的だったかもしれません。遅くなった分、プーチン大統領に忖度していたのではないかと疑心をもたれることになったのではないでしょうか」と懸念する。
そしてプーチン大統領との親密度については「山下さんはプーチン大統領と親しくなかったと言っていましたが、実際には、プーチン大統領から名誉勲章、友好勲章などを授けられています。面識、親睦があったからこそ(批判的なことを)言えなかったと思います。プーチン大統領から叙勲を授けられる日本人はなかなかいませんから」と話す。
柔道界で長く山下氏を見てきた溝口教授はこうエールを送っている。
「山下さんはスポーツ界のリーダーの立場でもあり、国民のヒーローです。重責、プレッシャーも大きいでしょうけど、『一人の柔道家山下泰裕』として、今回のように立場とは別にして発信して良いと思います。国民栄誉賞を受賞された山下さんは、国民に寄り添うことができる人柄です」
さらに、
「山下さんは、全柔連の不祥事(2013年に女子選手への男子コーチの暴力的指導や助成金の不正流用が発覚し、当時の上村春樹会長ら幹部が総辞任する騒動となった)の際には、盟友の故斎藤仁さん、宗岡正二全柔連前会長と改革に汗を流しました。しかし、JOC会長や東京オリンピックで役職に就かれてから、山下さんらしいヒューマニティーある言動が見られなくなった気がします」と残念がる。
溝口氏は、最後に「役職の保身に走らず、今回のように柔道家としてご自分が発信したいメッセージをSNSなどで自ら発信することが、山下さんのヒューマニティーを体現でき、結果的に国民の共感を得られることになるのだと思います」と話す。
選手時代の山下氏
「いろんな問題が起きた時、山下さんは肝心な時には逃げてしまう」と嘆く全柔連関係者も筆者は多少知るが、真面目で正直な性格の山下氏は慎重になりすぎていたのだろう。
1980年のモスクワ五輪で、ソ連のアフガン侵攻で日本がアメリカに追随してボイコットしたため、「金メダル確実」とされた選手時代の山下氏は涙を飲んだ。4年後のロサンゼルス五輪では、2回戦で怪我をした足を引きずりながらエジプトの巨漢モハメド・ラシュワン選手を破って優勝し、日本中を感動させた。そんな国民的ヒーローが、満を持して柔道界やスポーツ界のトップになるにあたり、周囲が彼を傷つけまいと「お膳立て」し過ぎてきた弱さもあったかもしれない。しかし、現役時代の山下氏に憧れ、大学から柔道を始めて苦労した年長の筆者としては、彼には立場や組織の壁を越え、恐れずにどんどん思いを発信してほしいと切に願う。
山下氏は会見で、プーチン大統領が尊敬してやまない嘉納治五郎の「精力善用」「自他共存」を持ち出し、「世界の柔道家の理解が少ないなら、われわれの責任」と話した。ならばなおのことである。
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