ウクライナ侵攻で中国の「斡旋」は成功するか 王毅外相の言葉で浮き彫りになった“苦悩”

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微妙な言い回しは他にも…

 それにも関わらず、王毅はわざわざ特異な言葉を使った。実は、ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、王毅も中国外務省報道官も「侵攻」という言葉を使ったことがない。ウクライナ問題、またはウクライナ情勢としか言っていない。侵攻(中国語なら入侵)などと言った瞬間に、ロシアがウクライナを侵略しているというニュアンスになり、盟友プーチンの怒りを買うことになるからだ。3月8日、オンラインで行われた中独仏首脳会談での習近平国家主席の表現は、「ウクライナ情勢を憂慮しており、ヨーロッパ大陸で再び戦火が上がっていることに痛惜の念を感じる」と状況に対する思いを述べるにとどめた。侵攻とも言わなければ、プーチンやロシアへの支持も理解も打ち出していない。本来であれば、ロシアと共同軍事演習などを行い、対アメリカでも可能な限り共同歩調を取りたい中国としては「支持している」と表現したいところだろう。しかしプーチンを支持すれば、西側諸国はおろかほぼ世界中を敵に回す。一方で、侵攻だなどと叫べばプーチンの機嫌を損なう。

 別の事情もある。

 ウクライナの一部がロシア領になることはすなわち、ウクライナという国家が分裂することを意味する。この国家分裂という事態こそ、台湾独立の不安を抱える中国にとって決して容認できないものなのだ。ウクライナ国家を分裂させるプーチンを支持するなら、ウクライナと同じように台湾が離れて中国という国家が分裂しても文句を言えないだろうという論法は中国にとって受け入れがたい。

 もともと中国はウクライナと友好関係を続けてきたこともあって、突然の侵攻を手放しで支持することはできない。しかし、本音としては台湾問題やプーチン対策など複雑な問題が重なり今回の煮え切らない態度につながっていると推測できる。

 なお、筆者が先の知人にウクライナ侵攻について聞いたところ、「国家分裂は断固として認められない」と強い口調で言った。

 ロシアとは仲良くしなければならないが、台湾独立につながりかねないウクライナ分裂は絶対に認められない……ここに中国外交の苦悩がある。

 王毅がここまで言ったからには、ロシア・ウクライナ仲介のために何か行動を起こすのは間違いない。11日の全人代閉幕後には、中国ナンバー2の李克強首相が記者会見を開くのでここでの発言が注目される。

 ただしそれは、トルコのエルドアン大統領がまさに「斡旋」した三者外相会談や、イスラエルのベネット首相とプーチンによる首脳会談と同等以上のものでないと中国のメンツが立たない。

 筆者自身は、中国がロシアとウクライナを仲介する中で実質的な役割を果たす可能性は高くないと見ている。複雑な立場で劇的な仲介をするのはかなり難度が高いので、形式的な役割にとどまるだろう。

 中国はいつもしたたかな外交ばかりしているわけではない。現況に懸命に対応しながら古い言葉を引っ張り出して、必死に外交を行っているという意味では、他国とさほど変わりないのだ。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。

デイリー新潮編集部

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