【カムカム】ラジオ英語講座と、あんこと野球とジャズと時代劇…藤本脚本が描く5つの題材の共通点

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近松へのオマージュ

 藤本さんは江戸時代の浄瑠璃・歌舞伎作家である近松門左衛門をモチーフにしたNHKの異色時代劇「ちかえもん」(2016年)で向田邦子賞を得た。その執筆にあたり、「東洋のシェークスピア」と称される近松を研究した。

 これまでにも書いてきたが、この朝ドラは藤本さんにとって近松へのオマージュでもあると思う。制作統括の1人も櫻井賢氏(53)で、「ちかえもん」と一緒なのである。

 近松の代表作「曽根崎心中」で主人公の徳兵衛は遊女・お初と結婚を誓い合っていた。徳兵衛は身請けするための金を工面しようと懸命だった。愛娘・るいの傷を治す金を貯めようとしていた安子を彷彿させる。

 徳兵衛は主人が勧める縁談も断り、継母が受け取ってしまった結納金を返そうとする。ところが、親しい友人・九平次にその金を貸したところ、返してくれない。騙された。これも肉親の算太に裏切られた安子と重なる。

 商人の町・大阪で信用を失った徳兵衛は将来を悲観した。るいに誤解されて絶望した安子とオーバーラップする。

 追い込まれた徳兵衛とお初は死出の旅へと向かった。安子はロバート以外に誰も知り合いがいない国へ旅立った。

 「命」である、るいを失った安子は死んだも同然だったのではないか。安子の目がうつろだったのはご記憶のはずだ。

 藤本さんからの近松へのオマージュと思える部分はまだある。話題沸騰となった第39話でのミュージカル風の場面もそう。

 この場面がインサートされたことにより、舞台が長閑な岡山から大都会の大阪に移動したことが鮮明に印象付けられた。一方、この朝ドラの説得力も増した。

 なぜ、フィクションそのものの場面によって説得力が増したのか。それは近松の残した芸術論「虚実皮膜」に基づく。

 芸の真実は虚構(フィクション)と事実(ノンフィクション)との間の微妙なところにあり、事実だけではなく、虚構があることによって、芸の真実性が増す、という理論である。

 そう、あの衝撃的なシーンがあったから、多くの人は深津が18歳のるいを演じることへの抵抗を忘れた。深津が48歳(当時)という現実が吹き飛び、このドラマにだけ確かに存在する真実性が生まれた。

 もちろん、深津の演技がうまいから成功したのだが、あのミュージカルは紛れもなく藤本さんの企みだった。お遊びやおふざけではなかった。

 藤本さんの脚本は計算ずく。例えば、るいが雉真の家を出ることを叔父の勇(村上虹郎、24)に伝えたのは第38話で、1962年3月。18歳の時だった。千吉が他界した直後である。

 18歳で家を出るのは自然だ。一方、勇の妻・雪衣(岡田結実、21)は千吉の葬儀当日だというのにテレビを観ていた。

 この場面で雪衣の性根が明らかにされたが、着目すべきは観ていた番組。1961年度の朝ドラ第1作で、北城由紀子がヒロインの「娘と私」だった。

 その後、秋野暢子(65)がヒロインだった1975年度後期の朝ドラ「おはようさん」などが劇中で流れていることから、るいの旅立ちと朝ドラ第1作を一致させたのは偶然ではない。藤本さんはあらかじめ朝ドラ第1作の時、るいが18歳になるよう計算していたのだ。

 お気づきだろうが、この朝ドラには年月を表すテロップが一切入らない。説明調のテロップは興を削ぐから省いている。

 半面、時代が分からないと、時に観る側は困る。だから、藤本さんは朝ドラや流行歌で年月を表している。例えば第69話で小学校5年生のひなた(新津ちせ、11)が歌ったキャンディーズ「春一番」(1976年)である。

 エピソードでも時代を表している。第65話などで、ひなたが空き瓶を拾い、小遣い稼ぎをした話には驚いた。1970年前後における小学生の小遣い稼ぎの手段だったものの、知る人ぞ知る話だ。ドラマで扱われたのは初めてだろう。

 飲料水メーカーによる空き瓶回収システムが確立されていなかったという問題が根底にあるので、メーカーをスポンサーとする民放では描きにくい。第一、こんな細かいことを描こうとする脚本家がそういるとは思えない。

 この朝ドラは些末とすら思えるところまで拘っている。文字通り見どころ満載。安子とるいの和解など残された問題も必ず解決する。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮編集部

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