人気構成作家「オークラ」が語るバナナマンとの出会い、理想のコントライブとは

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やりたいコントに演技力がついてこない

 オークラも大学の同級生を誘って「オークラ劇場」というコンビを組み、お笑いオーディションを受けるも、初挑戦は惨敗。ちなみにこのとき、人のネタでは笑うものかと構える芸人志望者たちを笑わせていたのがアンジャッシュだったという。

 その後、ピン芸人を経て先輩とコンビ「細雪」を結成。アンタッチャブルの当時のマネージャーに誘われてプロダクション人力舎に所属するも、なかなか「理想のコント」ができずに悶々としていた。

「シチュエーションコント(ある状況の中で笑える人間模様を描く)を作り始めたのですが、僕にはこういうコントに必要な演技力がまったくなかった。“ちょっとしたイライラ”や“苦笑い”といった微妙な人間の機微を演じることができなくて。お笑いを芝居だと思って見ている人はいませんよね。お客さんはコントに芝居っぽいっていう違和感を覚えた瞬間に笑えなくなるんです」

日村さんの方がおもしろい

 自分の表現力に疑問を持ち始めたとき、オークラはバナナマンと出会う。知人が「天才」と評する彼らのシチュエーションコントは、構成力はもちろんのこと、人間の機微まで表現する演技力がずば抜けていた。当時の若手の中では、唯一無二の存在だと思えたほどだった。その後、相方の失踪もあり、オークラは23歳で芸人を辞め、自分が書いた台本を他の人に演じてもらう作家に転向した。

「自分の作ったコントがおもしろくないのか、それとも演技力がないからダメなのか試したくなって、(バナナマンの)日村(勇紀)さんに自分が書いた台本を演じてもらいました。すると、自分がやるよりも日村さんがやったほうが圧倒的におもしろかった。その後、設楽(統)さんにバナナマンを手伝ってほしいと言われたこともあり、書くほうに専念しました。

 そして何より、バナナマンは自分がこういうお笑いをしたいという“理想形”だったので、そこに少しでも近づけたらいいなと思ったんです。確固たる世界観があって、それをネタにすることができ、さらにそれを笑いに昇華することは、思う以上に難しいんですよ」

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