落合博満、GM就任は“唯一の失敗” 中日スカウトは「我々は反落合。うちの球団を買収して、フロントを一掃してくれませんか」

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 選手としても監督としても一流の結果を残した例は少なくないが、その代表例の1人は落合博満になるだろう。選手としては3度の三冠王、中日監督としても指揮を執った8年間全てでAクラス入りを果たし、リーグ優勝4回、日本一1回と“超一流”と言える成績を残している。しかし、近年よく話題に上るのは、監督退任後に就任したGMとしての手腕だ。現場の責任者である監督とは違い、GMは中長期的なチーム強化が求められると言われているが、改めて「落合GM時代の戦略」がもたらしたものを検証してみたい。【西尾典文/野球ライター】

誰も残っていない

 中長期的なチーム強化の中心となるのは、ドラフトでの補強である。落合がGMを務めていた期間は2013年10月から17年1月まで。だが、13年は就任直後ということで本人もスカウトに任せたと語っており、また16年はチームが最下位に沈んだことで退任が決定的になっていたこともあってか森繫和監督(当時は監督代行)が最終の決定権を持っていたとコメントしている。

 そうなると、落合GMが主導したドラフトは14年からの2年間。そして、大きな躓きとなったのが1年目の14年である。この年は高校生では、安楽智大や高橋光成、岡本和真、大学生では有原航平、山崎康晃が注目を集めていたが、中日は社会人右腕の野村亮介を単独指名に踏み切る。

 しかし、野村は入団直後のキャンプでフォームを崩したことが大きく響いてわずか3年で引退した。2位以下でも早くから戦力になることを狙い、大学生と社会人の選手を並べたが、野村も含めて支配下で獲得した9人のうち8人が現役を退いており、唯一プレーを続けている5位指名の加藤匠馬も昨年ロッテに移籍し、中日には誰も残っていない。

 この年のドラフトは、ヤクルトと楽天も苦しい結果となっており、他球団でも下位指名から主力になった選手がほとんどいないのは事実だが、それを考えても落合GM1年目のドラフトが失敗だったことは間違いないだろう。

木下と阿部だけ

 翌年には3球団が競合した高橋純平を外して、同じ高校生の小笠原慎之介を抽選で引き当てて、ドラフト1位で獲得した。小笠原は苦しんだ時期はあったものの、6年目の昨年は初めて規定投球回に到達して、8勝をマークするなど先発の一角に定着した。それ以外も3位の木下拓哉が正捕手へと成長し、4位の福敬登と5位の阿部寿樹もチームの主力へと成長。育成6位の渡辺勝も一軍で初本塁打を放つなど、存在感を示した。他球団の顔ぶれと比べてみても、戦力になっている選手は少なくない。「大当たり」とは言えないまでも、それなりの成果は出したということは言えそうだ。

 ただ、この2年間の支配下指名で獲得した高校生は小笠原だけで、即戦力にこだわったドラフトが批判を集める原因の一つと考えられる。確かに、当時の中日は落合監督時代を支えた選手が軒並みベテランとなって成績を落としており、世代交代が急務だったことは確かだ。しかしながら、結果として、野手のレギュラー格となったのは木下と阿部だけというのは成果として乏しい。

 ただ、それ以上に問題だったのはスカウトという現場のスタッフを軽視し、密な意思の疎通を図らなかったことではないだろうか。

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