インバウンド消費が再開すれば日本人は人気店に行けなくなる? “激安の国”の悲しい未来(中川淳一郎)

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 ここ数年、日本の物価と賃金の安さからすっかり憂国の士になってしまった私ですが、昔と比べて物価はどうなっているのか気になります。毎日便所で愛読している3冊の古い料理写真集に登場する、いまも続く有名店の当時の価格と現在の価格を比較します。いずれも「文春文庫ビジュアル版」で、( )内は当時の価格→現在の価格です。

【私の大好物(1992年)】吉野家の牛丼(400円→388円)、丸政の元気甲斐(駅弁・1240円→1780円)、高木屋の草だんご(600円→700円)、ナイルレストランのムルギーランチ(1300円→1500円)【ベストオブ蕎麦(1992年)】並木藪蕎麦のもりそば(550円→700円)、美々卯本店のもみじ(海老天そば・1100円→1485円)【ベストオブラーメン(1989年)】ラーメン二郎本店のぶたダブル(350円→800円)、ホープ軒本舗の中華そば(450円→700円)、桂花の桂花ラーメン(520円→780円)

 これを見ると吉野家のみ下がっており、「多少上がってるかな……」が続き、ラーメンになると「けっこう上がってるな」となります。とはいっても、今やラーメンは750円するのは普通になっていますが、国民食であり続けています。激戦業界であるとはいえ、ラーメン業界はキチンとした価格戦略を続けてきたといえるのでは。過去が安過ぎたというのはありますが、ラーメン二郎の「ぶたダブル」は2倍以上。これでいいです。

 あと、サラリーマンの年収は1989年が414万3300円で、1992年のサラリーマンが471万7千円だったため、最初の2冊(92年)とラーメンの本(89年)では若干ベース価格に差があるでしょう。だからやたらとラーメンが安かったのでしょう。

 こうした「安いニッポン」に生きていてこれから恐怖なのが、インバウンド消費が再開した時のこと。もしかしたら人気の店は完全に外国人価格になり、日本人は行けなくなる事態になるのでは、ということです。

 さすがに吉野家やホープ軒本舗はないとは思いますが、すでに外国人に絶大なる知名度を持つ某ラーメン店が現在の900円台を「ロンドンだと2千円が当たり前」とばかりに一気に1500円にしてしまう。それでもイギリス人は安い安いと舌鼓を打つ。回転寿司もスシローやくら寿司よりもグレードの高い店は1皿500円が当たり前になったりする。

 2000年代中盤までタイは「安い国」でした。基本私は屋台やぶっかけ飯屋などに行き、安いものを食べるのですが、「世界一美味」の称号を得たプー・パッポン・カリー(カニのカレー)を出す高級店に行くことも躊躇(ためら)いませんでした。中にいたのは外国人が多数。

 数年前に行ったらタイ人も増えており、日本との差が縮まったことを実感したものです。さて、インバウンド解禁で日本も果たしてそうなるか? 1990年代、中国では「外国人価格」が存在しましたが、今後日本でもそれを求める声が出るかもしれません。「オレ、昔の価格であのラーメン食べたいんだよぉ~!」なんて嘆き節がネットで噴出したりしてね。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2021年12月16日号掲載

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