菅原文太はヤクザの人生相談にどう答えたか 「人生は、いってみれば紙一重だよ」

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 映画「仁義なき戦い」の印象が強烈だったのだろう。菅原文太が週刊誌「アサヒ芸能」で連載した人生相談には、ヤクザや元ヤクザからの手紙が多く届いたという。ときには獄中から届けられた相談の内容は十人十色。それを読んだ文太は笑ったり、怒ったり、真摯に向き合った。相手を差別せず、どんなひとでも平等に扱うことを「一視同仁」というが、文太がまさにそうだったといえる。綿密な調査をもとに『仁義なき戦い 菅原文太伝』(新潮社)を執筆した松田美智子さんが、文太の飾らない人柄を感じさせる回答を紹介する。

各地の刑務所からの手紙

《菅原文太ですけん、よろしゅう!》

 1990年10月から91年11月まで、文太は週刊誌「アサヒ芸能」で「たかだか人間!」という人生相談を連載した。当時の文太は57歳。

 サブタイトルに「take it easy」とあるのは、この連載に《気楽につきあってほしい》からだと語っている。実際、相談者への答えは、《がんばってつかわさい》と広島弁で締め括っているものが多く、「気楽に」「自由に」「マイペースで」生きようと呼びかける。

 文太ならではというか、他の人生相談と異なっているのは、あくまで自分の経験を基に答えていることである。

 文太は「仁義なき戦い」シリーズなど実録路線で演じた役柄のイメージが強いせいか、相談者にヤクザが多いのも特徴だ。編集部には、各地の刑務所から、かなりの数の手紙が届いたという。

「いいヤクザになろうと努力せんといかん!」

 現役のヤクザや元ヤクザたちは、どんな悩みを文太に相談したのか。実例を挙げてみる。

《前略 御免被ります。小生42歳の一応現役の極道です(中略)小生、某名門広域暴力団の幹部という要職にいながら、くだらん女がらみの事件でパクられております。当然のごとく無罪を訴えて控訴中の身ですが(中略)自分自身が情けなくなります》(90年12月6日号)

 この幹部の相談は、拘置所で暮らすうちに《仁侠道に勇往邁進する自信が薄れた》ため、《この際足を洗ってしまおうか》と考えているという内容で、文太に《一発の助言》を頼んでいる。

 これに対して文太は《はっきりいうて、ヤクザの世界から足を洗って堅気になるというのは、難しいと思うな》と答えた。

《ヤクザにもいいヤクザと悪いヤクザがいる(中略)オレがいえるのは「いいヤクザになろうと努力せんといかん!」それだけだな》(同)

 通常の回答者なら、足を洗う決意をしたヤクザを励まし、堅気の道を推奨するところだろうが、文太は違った。役者の世界に芸道があるように、ヤクザの世界には任侠道がある。堅気の人間には迷惑をかけないとか、弱い者いじめはしないなどの任侠を守っていれば、ヤクザでも人間として恥ずかしくないと思っているからだという。極道の幹部相手に、任侠の道を究めるよう激励するのは、文太くらいのものだろう。

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