【カムカム】「安子」を次々不幸が襲っても…カギを握る度々流れる稔との思い出の歌

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藤本脚本が無視した「朝ドラの文法」

 藤本さんによる脚本を賞賛する声が相次いでいるが、どこが優れているのだろう。NHKのドラマ制作者の1人に尋ねた。

「実は朝ドラって、あえてユルい物語を書く作家(脚本家)さんが多いんです。放送が半年間の長丁場なので、毎回ぎっちり中身の詰まった物語にすると、視聴者が疲れてしまいかねませんので。放送されているのが、視聴者が忙しくしている朝であるせいもあります。もちろんユルいのに視聴者に見てもらうのは難しいし、ユルいと気付かせないためにはテクニックが要ります」(NHKドラマ制作者)

 朝ドラを成功に導く独特の文法があるというわけだ。ところが、「カムカムエヴリバディ」はその文法を無視した上、多くの熱烈なファンを獲得している。

 従来の朝ドラと大きく違う点は説明するまでもないだろう。まず物語の密度の濃さ。それが猛スピードで進むところ。

 これが可能なのは安子の幸福と不幸を中心に脚本が書かれているからだ。藤本さんがあざといわけではない。誰の人生もハイライトは「幸せだったころ」と「不幸だった時期」にある。

 上白石の名演もあり、安子は実在した人物のように思える。リアルだ。その歩みのハイライトを見せてくれているのだから、惹き付けられる。また書かれているのはほとんどがハイライトなのだから、物語が倍速、3倍速で進行しても消化不良に陥らない。

 戦争のむごたらしさの描き方も出色だった。安子の母・小しず(西田尚美、51)と祖母・ひさ(鷲尾真知子、72)は第17話でるいと初めて対面し、戦時下にもかかわらず喜色満面となるが、同じ第17話に空襲で命を落としてしまった。

 藤本さんはあえて笑顔の直後に絶命させたのだろう。戦争は何もかも奪い取ってしまうことが、あらためて知らしめられた。

 一方、安子の父・金太(甲本雅裕、56)は助かったものの、ぬけがらのようになる。小しずとひさを守れなかった罪悪感からだった(第17話)

 それから間もなく戦争は終わったものの、金太の心身はボロボロ。だが、雉真家で静養したことによって気力を取り戻し、和菓子店「たちばな」の再建に向けて動き出す(第18話)

 ところが、第19話で急死。金太の体は戦時中の苦労で衰弱しきっていたのだ。

 物語を眺めながら、「どうして金太は裕福な雉真家で静養を続けないのか」とやきもきした。「娘の嫁ぎ先には居づらいのか」とも思った。

 無理をしてバラック小屋を建て、「たちばな」の営業を再開し、そこで寝泊まりした理由がよく分からなかった。

 だが、金太か亡くなる間際に見た夢の中でそれがハッキリと分かり、胸を突かれた。

 夢で金太は勘当したまま出征させた道楽息子の算太(濱田岳、33)と対面する。そして興奮気味に話す。余程うれしかったのだろう。夢の中では……。

「おまえがいつ帰ってくるか分からんから、ここを動かず待っておったんじゃ」(金太、第19話)

 金太は父子の縁を切ったまま算太を戦地に行かせたことを深く後悔していた。復員を切望していた。いつの時代も親子の絆は固い。

 それを短いセリフで表し切ったのだから、藤本脚本はやはり秀逸だ。

 また、ずっと現実性を重視した表現をしながら、この場面のみ幻想性を重んじた構成にも唸らされた。

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