【カムカムエヴリバディ】3週目で早くも見せ場…安子と稔の恋にみる藤本脚本の奥深さ

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二重構造の脚本

 この物語は一見、シンプルで分かりやすい。それでいて奥が深く、二重構造のようになっている。

 例えば稔の弟で弓丘中野球部の勇(村上虹郎、24)の存在である。勇も安子のことが好き。なので、安子が稔と親しくなると、安子に向かって「兄さんはいずれ雉真の社長になる人じゃ。あんころ屋のオンナなんか、釣り合うもんか」と言い放つ(第5話)。

 嫉妬からの憎まれ口としか思えず、この時点までの勇は物語上のヒールに見えた。ところが、第10話以降は見え方が違ってくる。勇は稔とキャッチボールをしながら、こう言う。

「兄さんらしくねぇよ。いずれアンコ(安子)を苦しめるのに」(勇)

 その通りに安子は苦しんでしまった。勇は安子を心から思うからこそ、不器用な表現で警告を発していたのだ。

 勇は第13話で稔と銀行頭取の娘との結婚話があることを知り、激高する。稔をなじった上、何度も殴った。すべては安子への思いからだった。

 一方で勇は千吉に対し、家のための結婚は自分がするから、2人の仲を許してやってくれと懇願する。愛に裏打ちされた犠牲心である。ヒールどころか、安子への思いは稔に負けていなかった。

 ほかの部分の脚本も絶妙。例えば第8話。安子は金太から砂糖会社の次男との政略結婚を勧められる。戦時下で砂糖が手に入りにくくなったためだ。金太はまだ稔の存在を知らなかった。

 安子は家のために結婚を受け入れる決意をした。その前に稔とひと目会いたいと願い、大阪を訪れる。

 大阪で2人は初めて一緒に映画を観て、初めて共に食堂でうどんを食べる。ささやかなことだが、安子はこれまでに見せたことのないような飛びきりの笑顔を見せた。

 だが、この大阪行きは安子にとって稔との関係の清算を意味していた。だから安子が明るい表情をすればするほど見る側を切なくさせた。

 稔と別れ、帰りの汽車に乗った途端、安子の顔は曇る。やがて耐えきれずに泣き出す。稔と一緒にいた時とは表情が一変した。コントラストの付け方が見事だった。

 主題歌「アルデバラン」(歌・AI)は通常なら放送開始早々に流れるが、この第8話では安子が泣き出した直後にかけられた。放送開始から12分も過ぎていた。

 安子の恋の終わりを意味する演出と思いきや、主題歌明けに驚きが待っていた。稔がいた。安子のただならぬ様子を心配し、急行で追い掛けたのだ。

 これだけの濃い内容をたった1話で見せてしまった。それでいて物足りない思いは抱かせなかった。藤本さんの脚本が軽快だからにほかならない。無駄を排し、ひたすら2人の表情と心象風景を追った。

 これからも物語はスピーディーに進むに違いない。半年間の放送のうち、安子編はたった2カ月で終わってしまい、娘のるい(深津絵里、48)編、孫のひなた(川栄李奈、26)編と続くのだから。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮編集部

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