覚醒剤で逮捕の「53歳区議」はロッキード事件“ハチの一刺し”の長男だった

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 11月9日夜10時過ぎ、警察官がJR上野駅・入谷口付近の路上で不審な車を発見。車中にいた男に声をかけた。車内からは覚醒剤を吸引するためのパイプが見つかり、男に尿検査をしたところ陽性反応が出た。逮捕された男は、現職の東京都北区区議・榎本一容疑者(53)。父親は田中角栄元首相の辣腕秘書・敏夫氏、母親は“ハチの一刺し”で注目を浴びた三恵子氏である。

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 北区のある区議は言う。

「母親が“一刺し”、息子がクスリじゃ洒落にもならないよ」

 榎本区議は、やはり“ハチの一刺し”を避けて通れないようだ。

 今からちょうど40年前の81年10月28日、東京地裁に緊張が走った。この日は、77年に始まったロッキード事件の第146回公判だった。

 検察側証人として出廷したのが、敏夫氏の元妻・三恵子氏だった。身長171センチ、スラリとした美貌の彼女はグレーのスーツに身を包み、元夫と元首相が見つめる中、証言台に立った。そこで、5億円の賄賂を受け取り田中邸へ運んだとされる、元夫のアリバイを崩す証言をしたのだ。決め手に欠けると言われていた裁判がひっくり返る瞬間だった。公判後のインタビューで彼女はこう発言した。

「ハチは一度刺したら死ぬという。私もそれだけの覚悟はしていました」

政治家を志した

 一氏は長男で、当時中学1年生だった。両親は既に4年前に離婚していた。彼は後にこう振り返っている。

《父と母のことでは、幼かった榎本氏も傷ついた。9歳の時だ。「父が兄弟3人を集めて『お母さんと離婚するけど、いいか』と聞くんです。僕は嫌だと言いました。でも、2人の弟は車のおもちゃで遊びながら元気に『いいよー』って答えるんです。離婚の意味がわからなかったんですね」》(「日刊スポーツ」99年4月4日付)

 公判の証言後、三恵子氏は“死ぬ”どころか一糸まとわぬ姿での写真集を出版し、「オレたちひょうきん族」(フジテレビ)にハチの着ぐるみを着て出演するなど妙な活躍をしていた。

 両親の離婚後、一氏は母と会うことは全くなかった。その後、玉川大学へ入学するも中退すると、日本を離れて23歳までロンドンに留学していたという。帰国後は環境専門業界紙の記者として活動し、99年に30歳で北区区議会議員選挙に民主党の公認を得て立候補。当時、「週刊新潮」の取材に答えている。

《「前々から政治家を志す気持ちはありました。環境専門誌の記者をしている時、政治の世界に触れることがあり、その後、鳩山邦夫先生や藤田幸久先生の下で仕事をして、自分もやれそうだ、と考え立候補しました」》(「週刊新潮」99年5月6・13日号)

 両親については、こう語っている。

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