小指骨折でも先発投手に…ファンも驚いた「CS&プレーオフ」まさかの奇襲作戦

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 11月6日からセ・パ両リーグのクライマックス・シリーズ(CS)が開幕する。ファーストステージは最短2試合、ファイナルステージも最短3試合の短期決戦とあって、時には、あっと驚く奇襲が功を奏することもある。パ・リーグ2シーズン制時代のプレーオフも含めて、過去に本当にあった、まさかの“奇襲作戦”を紹介する。

タバコを吸うのも左手

 プロ野球の長い歴史の中でも“一世一代”とも言うべき驚天動地の奇襲を仕掛けたのが、日本ハム・大沢啓二監督である。1982年10月9日、西武とのプレーオフ第1戦、「日本ハムファイターズの先発、工藤幹夫!」のアナウンスに、スタンドは「エエッ!」と驚き、騒然となった。

 なぜなら、同年リーグ最多の20勝を挙げた日本ハムのエース・工藤は、9月8日に右手小指の付け根を骨折し、プレーオフ出場は絶望的とみられていたからだ。しかも、この日工藤は、右手小指に包帯を巻いた姿で球場入りしており、タバコを吸うときも、利き手ではない左手を使っていた。それだけに、西武・広岡達朗監督も「包帯が痛々しいので、僕も選手も気の毒だなと思っていた。それがいきなり出て来ては、ビックリするよりも、わけがわからん」とキツネにつままれたような表情だった。

 実は、工藤は完治していなかったものの、投球できるまでに回復していた。大沢監督は、その事実を隠し、1週間前から人目のつかない場所で密かに練習させていたのだ。「嘘をつく形になって申し訳なかった。これも作戦のうち」と明かした大沢監督に対し、広岡監督は「何戦かして瀬戸際に出て来ることはあっても、最初は絶対ない」と読んでいたので、第1戦の工藤先発の奇襲は、機先を制する意味で大成功だった。

 シーズン中も1勝6敗と工藤を苦手にしていた西武打線は、緩いカーブを有効に使うサブマリンの術中にはまり、6回までゼロ行進。工藤は0対0の7回に小指の状態が限界に達し、リリーフエース・江夏豊にマウンドを譲ったが、打者20人に対し、被安打3、与四球2の快投だった。

 だが、江夏攻略用にバント攻めの練習を積んできた西武にとって、この交代はもっけの幸い。「奇襲には奇襲を」とばかりに、プッシュバント作戦で一気に6点を勝ち越し、試合を決めた。大沢監督渾身の秘策も、残念ながら初戦の勝利には結びつかず、プレーオフは西武が3勝1敗で制している。

「新聞を信じたのがいけなかった」

 第1戦の奇襲先発といえば、2007年のセ・リーグCS第2ステージでの中日・落合博満監督を思い出すファンも多いはずだ。

 シーズン2位の中日は、CS第1ステージで阪神を2勝0敗と下したあと、第2ステージで原辰徳監督が率いる巨人と対決した。当時、セのCSは予告先発制ではなく、10月18日の第1戦で、中日の先発は山井大介、朝倉健太の両右腕のいずれかという新聞予想だった。

 これを受けて、巨人は先発・内海哲也も含めて左打者7人を並べるオーダーを組んだが、いざフタを開けてみると、中日の先発は、なんと、左腕・小笠原孝だった。巨人側は、小笠原が第1ステージで2イニングリリーフ登板していたことから、「中3日で先発の可能性は低い」と判断したのだが、実は、このリリーフ起用は、対巨人用のテスト登板でもあった。森繁和コーチは「阪神戦で良かったから決めた」と説明。真意はどうあれ、「小笠原は第2ステージも中継ぎ」と思い込ませた時点で、作戦は半ば成功したのも同然だった。

「チャンスを与えてくれてうれしかった」という小笠原は、初回2死満塁、4回2死一、三塁のピンチを切り抜けるなど、5回を1失点の粘投。見事初戦の勝利に貢献。「新聞を信じたのがいけなかった」と原監督をぼやかせた。

 一方、落合監督は「奇襲でも何でもない。(小笠原は)あれぐらいの力は持っている」とあくまでクールだった。巨人に3連勝して日本シリーズに進出した中日は、前年の覇者・日本ハムに4勝1敗と雪辱。53年ぶりの日本一を実現した。

2死からのセーフティスクイズ

 最後に紹介するのは、19年のセ・リーグCSファイナルステージ、巨人vs阪神で起きた、思わずビックリ仰天の奇襲作戦だ。10月13日の第4戦、2勝1敗と日本シリーズ進出に王手をかけた巨人は、1対1の6回に2死三塁のチャンスをつくる。打者はFA移籍1年目の“V請負人”丸佳浩。第1戦でも先制ソロを放っており、当然阪神側は一発長打を警戒していた。

 ところが、丸は西勇輝の初球、外角への145キロに対し、右足を挙げてヒッティングの構えから、バントで三塁側に転がすと、脱兎のごとく一塁に走り出した。西は意表をつかれながらも、打球を処理すると素早く一塁に送球したが、やや高めにそれてセーフ。直後、気落ちした西はその場に倒れ込むと、座り込んだまま、しばらく動けなかった。

 誰もが予想もしなかった2死からのセーフティスクイズ。原辰徳監督の奇襲作戦と思われたが、「サインではありません。ベンチもビックリした」と指揮官も目を白黒。すべては丸の「打席に入って三塁手の大山(悠輔)が少し下がっているのが見えた。転がせばイケる」という咄嗟の判断からだった。

「常に一番確率の高いものが何かを心掛けている」という丸のノーサインバントで貴重な決勝点を挙げた巨人は4対1で勝利し、6年ぶりの日本シリーズ進出を決めた。

 今年のCSでも、短期決戦の勝敗を分ける鮮やかな“奇襲作戦”が見られるだろうか、ぜひ注目してみてほしい。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮取材班編集

2021年11月5日掲載

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