デジタルになってもハンコ文化はなくならない――舟橋正剛(シヤチハタ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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自己否定の商品開発史

佐藤 電子印鑑は自身の主力商品を否定するような事業だったはずです。まだパソコンが普及し始めたばかりの時期に、よく進出されましたね。

舟橋 そこは創業以来のDNAじゃないかと思います。弊社は、私の祖父にあたる舟橋高次が開発担当、その兄の金造が営業担当で社長となり、大正時代末期の1925年に創業しました。最初の商品は「万年スタンプ台」です。当時はインキをスタンプ台に染み込ませて使うのが一般的で、インキを補充せずに捺印できる万年スタンプ台は画期的商品でした。

佐藤 どうしてスタンプ台に目をつけられたのですか。

舟橋 もともと祖父は薬問屋で働いていました。その薬袋にスタンプ台を使ってゴム印を押すわけですが、当時のスタンプ台は、盤面がすぐ乾くので使うたびにインキをたらす必要があり、大変不便なものでした。そこでインキがすぐに乾かないスタンプ台ができないかと考えて開発したそうです。

佐藤 スタンプ台は空気中の水分を吸収するから、蓋を開けたままでも乾かないと資料にありました。

舟橋 はい。長らくそれが主力商品だったのですが、1965年にそのスタンプ台がいらないインキ浸透式のビジネス印「Xスタンパー」を開発します。高度経済成長期のことで、これからは朱肉やスタンプ台でハンコにインキをつけ、それから書類に押すという2クッションの動きでは遅い、と考えた。そこでインキを染み込ませる多孔性のゴムを10年以上かけて開発し、捺印のたびに、紙に適量のインキが染み出してキレイな印影が残せるという仕組みの商品を作りました。

佐藤 なるほど、これも自己否定的な商品ですね。

舟橋 やはり当時、Xスタンパーは自社の既存商品を否定する商品だとして、賛否両論あったそうです。しかし祖父は「ここで挑戦しなければ、会社の成長と発展はない」という信念を貫いた。その3年後には、個人用のハンコ「シヤチハタネーム」が発売されます。

佐藤 電子印鑑進出の背後には、そうした歴史があるわけですね。

舟橋 スタンプ台もXスタンパーも、電子印鑑システムも、それまでにあった商品を否定して生まれた商品です。ただそれらは、まだすべて使われています。

佐藤 それぞれ用途がありますからね。それにしてもシヤチハタさんの商品は長持ちしますね。

舟橋 何十年も使っているお客様がいらっしゃいます。最初がビジネス向けだったんですね。本来ならマーケティングをして、用途別に耐久性に差をつけたりインキの量を調整して値段をつけるべきでしょうが、ハードユーザー向けの品質重視でやってきました。

佐藤 最近、文春文庫になった『世界を変えた14の密約』という本があります。第2次世界大戦前、スイスのチューリッヒに各国の電球会社首脳が集まって密約を結ぶんです。6カ月以上切れない電球を作った会社は排除すると。それで電球は、技術的には長くできるのに、6カ月で切れるようになった。商売がこうしたものだと考えると、何十年も使える商品を出すのも、どこか自己否定的といえますね。

舟橋 そうかもしれません。ただ、それによってブランドが構築できたということもあります。最近は、印面サイズ、インキ色やボディデザインなどにバリエーションをつけて、オフィスで使うものだけでなく、商品の幅を広げているところではあります。

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