岸田首相から3匹目のドジョウ狙う韓国 米中対立で日本の「輸出規制」が凶器に

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米国に逆らえば第2の日本

――対中半導体包囲網ですね。

鈴置:韓国という国と同様、サムスン電子など韓国の半導体各社は「米国の味方か、中国の味方か」と踏み絵を迫られてきました。

 5Gの旗手とされた中国・ファーウェイ(華為技術)への圧迫にトランプ(Donald Trump)政権が乗り出した際、韓国の半導体メーカーも「ファーウェイと協力すると為にならぬぞ」と脅されました。

 サムスン電子は米国内に大型の半導体工場を新設するよう、バイデン(Joe Biden)政権から圧力をかけられています。中国からも同様の圧迫を受けています。

 だから、米政府の情報開示要求に、韓国人は深い危機感を抱きました。悲しいことに、日本には米政府から情報開示を求められるほどの有力な半導体メーカーがないため、さして大きなニュースにならなかったのですが。

 朝鮮日報は「米ホワイトハウス、3度目のサムスン電子圧迫…『半導体の在庫現況を明かせ』」(9月24日、韓国語版)との見出しで報じました。

 ハンギョレは社説「サムスンなど半導体企業に『営業機密』提出を求めた米国、度を越えた要求」(9月28日、日本語版)を載せ、米国に強く反発しました。

 一方、中央日報のコラムニスト、イ・チョルホ氏は「晴れときどきくもり…再び試験台に上がった韓国半導体神話」(9月30日、日本語版)で、米国に逆らえば日本の半導体産業のように潰される、と懸念を表明しました。

・米国の崛起に韓国の半導体業界が反発するのは難しい。1986年の日米半導体協定の悪夢のためだ。当時米国政府は日本の半導体が技術覇権に挑戦するとして反撃に出た。
・米国は日米半導体協定を結び、1990年代初めに日本国内の米国製半導体のシェアが20%に達するまで激しく圧迫した。
・これにより日本のNEC、東芝、日立などは半導体の主導権を急速に失った。その隙間に韓国と台湾の半導体メーカーが食い込んで新たなプレーヤーとして浮上した。

日本も台湾と連携

 半導体の供給網構築には日本政府も動きました。TSMCに数千億円規模の補助金を提示し、ロジック(演算用)半導体の工場を誘致したのです。生産開始は2024年の予定で、生産品目は回路の線幅が22~28ナノメートルの「成熟品」。最先端半導体ではありません。

 一企業の誘致にこれほど巨額の補助金を支給するのは例がありません。しかしTSMCのように、現時点で3ナノ級の高度な半導体を製造できる日本企業はない。TSMCの誘致は安全保障上、必須と判断したのです。日本もまた、なりふりを構っていられなくなったのです。

 半導体供給が国家間の武器となった以上、技術力の高い企業の生産拠点を国内に持つことが、平時でも必要となりました。ことに、中国の台湾侵攻の可能性が増した今、TSMCの取り込みは国の死命を制すると日本政府は見たのでしょう。

 TSMCの日本生産を見る韓国の目は複雑です。韓国には「日本が半導体素材の輸出を規制するなら、日本に対して半導体の供給を絞ればいい」との発想が根強くあります。でも、TSMCと日本の合作で、こうした報復は効かなくなります。

 韓国が中国側に寝返った場合、日米は躊躇なく素材の輸出規制などによりサムスン電子を叩くことになります。米国に続き日本もTSMCの生産拠点を持った以上、韓国に遠慮する必要はなくなるからです。

慰安婦と軍艦島で騙し討ち

――こうなったら、何が何でも韓国は日本を騙して「輸出規制」を撤廃させねばなりませんね。

鈴置:岸田新首相は簡単には騙されないと思います。何せ外相時代、韓国に2度も騙されているのです。1回目は2015年に「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産として登録した時です。

 当時の朴槿恵(パク・クネ)政権は「現場の軍艦島(端島)では朝鮮半島出身者が強制労働された」と登録に反対。同年6月21日に韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外交部長官が東京で当時の岸田外相と会って、いったんは登録で合意したものの、7月4日にユネスコで正式決定する場になって突然、異議を唱えたのです。

 窮地に陥った日本は、朝鮮人労働者が「brought against their will and forced to work(意思に反して連れて来られ、働かされた)」との声明を出すことで収拾しました。その後、韓国はこの文言を証拠に「日本の強制連行」を世界で喧伝するようになったのです。

 2回目は同年12月の慰安婦合意です。韓国の執拗な要求もあって、日本政府が10億円を拠出し、韓国側が元慰安婦のための財団を作ることで合意しました。

 同年12月28日にソウルでの会談で合意した岸田外相と尹炳世外交部長官は共同会見で「日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と表明しました。

 しかし、約束したソウルの日本大使館前の「慰安婦像」は撤去されず、釜山の日本総領事館前にも新たに像が立ちました。

 次の文在寅政権になると「元慰安婦の同意が得られていない」と財団を解散。約束していた「国際社会での非難中止」も事実上、反故にしました。

 合意に至るまでには当時、官房長官だった菅義偉氏が青瓦台と調整するなど汗をかきましたが、少なくとも表面的には岸田外相が「韓国に騙された」のです。

岸田は信頼できる

――2度も騙された岸田首相。さすがに3回は騙されないでしょうね。

鈴置:韓国側はそうは思わないようです。先に引用した朝鮮日報の「<太平路>次期大統領は岸田日本総理と『大和解』を推進せよ」によると、岸田氏を2度も騙すことに成功した尹炳世元長官は最近、以下のように語ったそうです。

・岸田は日本の政界の穏健・合理的人物として信頼できる。自民党の(総裁)選挙で韓日関係への動力が生まれたので、積極的に関係改善に出ねばならない。

 「2度も騙されてくれたお人よしが今度は首相になったぞ。また、騙すチャンスだ!」ということでしょう。韓国はくじけることなく、岸田政権にラブコールを送り続けると思います。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮取材班編集

2021年10月18日掲載

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