「ホテルオークラ東京」リニューアル時に再建断念 大倉財閥「栄華の跡」が辿った数奇な運命
希少価値のある名建築
ホテル御三家の一つ、「ホテルオークラ東京」が老朽化した旧本館を建て替え、2019年9月12日にリニューアルオープンした。実は、それに伴い、大倉財閥創設者、大倉喜八郎の別邸「蔵春閣(ぞうしゅんかく)」の再建が検討されていたのだが――。
***
速報「2万円給付は富裕層が得をする形に」「お米券で儲かるのはJA」 高市政権“21兆円経済対策”が「現金給付のほうがマシ」と言われる理由
速報「“あのような事態を二度と引き起こさない”というお気持ちがうかがえた」 秋篠宮さまの還暦会見を識者が分析
東京・向島の隅田川沿いに蔵春閣が築かれたのは1912(明治45)年のこと。伊藤博文や山県有朋、原敬など歴代の首相のほか、渋沢栄一、安田善次郎といった名立たる実業家なども招かれたという。
太平洋戦争で焼失した明治天皇の皇居「明治宮殿」を模し、建築には組み立て工法が取り入れられた。関東大震災でも無傷の頑丈さを備え、太平洋戦争の戦火も潜り抜けた、希少価値のある明治期の和風邸宅である。
三井財閥の「三井本館」、三菱財閥の「開東閣(かいとうかく)」と並び称される、大倉財閥を代表する名建築なのだ。
[1/2ページ]


