日本の「刃物文化」は世界に広がりつつある――遠藤浩彰(貝印グループ代表取締役社長兼COO)【佐藤優の頂上対決】

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 刃物の町として知られる岐阜県関市。そこで誕生した「貝印」は、いまや世界に販売拠点10カ所、製造拠点4カ所を数えるグローバル企業である。あまたある刃物メーカーの中から、ここまで成長できた秘密はどこにあるのか。創業100年を超える老舗会社の「商品哲学」。

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佐藤 今年5月、カミソリで知られる貝印グループの4代目社長に、35歳で就任されました。創業家直系とはいえ、やはり非常にお若いですね。

遠藤 就任して4カ月ほど経ちました。このコロナ禍の中でなかなか方々へ出て行けず、まずはスロースタートという感じです。

佐藤 どうしてこのタイミングだったのですか。

遠藤 2代目の祖父が病気で亡くなってしまったため、私の父も33歳の若さで社長に就任しました。そのせいか、父からは同じくらいの年回りになったら、社長を引き継がせたいと言われてきました。

佐藤 では、時期も前々から決まっていた?

遠藤 いえ、具体的な時期は聞いていませんでした。ちょうどいま、3年ごとの中期経営計画が新しくスタートしたところで、それに合わせての就任ではあります。

佐藤 社長交代は、それ以上の大きなトピックスになりますね。ご尊父からの継承でも社長が代われば、当然、社内に変化は出てきます。

遠藤 ただお陰様で父は健康で、会長兼CEOという形で会社に残っています。ですから、私自身がすぐ独自色を出す必要はないんですよ。

佐藤 なるほど、しばらくはタンデムというか、2頭立ての馬車のような体制になるわけですね。

遠藤 そうですね。父が事業継承した時は、祖父とオーバーラップする期間があまりありませんでした。父は大学を出て関連会社に出向して、MBAを取ってまた出向で、会社に戻った時には、もう祖父が病気がちになっていました。一方、私は大学を卒業してすぐに会社に入り、工場や営業、管理、経営戦略といった部門を経験し、父とオーバーラップする期間も長くありました。ですので、そのオーバーラップした期間の温度感を保ちつつ、これから徐々に変えていけばいいと思っています。

佐藤 それは親子関係がしっかりしているからできることですね。

遠藤 父にしても、この会社で会長職ができるのは初めてなので、その立場でどう立ち回るかを考えているようです。いまは私を立て、あまり表に出ないようにしていますね。

佐藤 遠藤社長にとっては、後ろに会長がいる安心感がある。

遠藤 ええ、私にとっても社員にとっても安心感があります。ただ、その環境に甘えてはいけない。最終的には私自身が意思決定の責任を持ちます。その重みはヒシヒシと感じています。

佐藤 コロナ禍の只中で、市場も経営環境も激変している状況下での舵取りになります。コロナの影響はいかがですか。

遠藤 マスク生活が完全に定着しましたから、マスクに隠れる部分の消費は苦戦しています。カミソリなどのグルーミング、もしくは女性のビューティーケア関係の商品ですね。リモートワークで髭を剃る回数は減りましたし、女性にしてもマスクで隠れるところはいつも通りケアしなくてもいいという気持ちになります。

佐藤 確かにカミソリとマスクは直結していますね。

遠藤 ホテル向けのアメニティ用カミソリは、オリンピック開催に向け新しいホテルのオープンが相次いだ昨年の春までは好調でした。しかしその後、オリンピックが1年延期となり、さらに無観客となって、ホテルの稼働率も大幅に落ちました。これに伴い、私どもの売り上げも大きく下がりました。

佐藤 ホテルは、国内旅行客はともかく、インバウンド需要がまったくなくなりましたからね。

遠藤 インバウンド需要で言えば、私どもが大きな影響を受けたのは爪切りです。コロナ前には、外国の方がお土産としてずいぶん買って行かれました。

佐藤 日本式の爪切りは、あまり外国にはありませんよね。欧米ではニッパーやハサミで切っている。

遠藤 梃子式の爪切りは日本独特の商品ですね。小さく手頃な価格ですから、日本のお土産に最適です。以前は外国人のみなさん、ダースごとお買い求めになっていましたね。それがなくなってしまった。

佐藤 私は外交官時代、よくお土産としてソ連に貝印のカミソリを持っていきました。

遠藤 ありがとうございます。

佐藤 ソ連はカミソリもハサミも製造していましたが、よく切れないんですよ。しかも末期は生産ラインが止まってしまって、市場からカミソリが消えていった。特に地方はそうでした。だから日本から持って行って配ると、非常に喜ばれましたね。

遠藤 それは嬉しいですね。一方、このコロナ禍でプラスになった商品もあります。巣ごもり生活によりご家庭で過ごされる時間が増えたことが、包丁を中心とした調理器具にはプラスに働きました。特に昨年の春先、学校が一斉休校になった時は、お菓子作りの道具の売れ行きが随分伸びました。

佐藤 お菓子作りの道具もあるのですか。

遠藤 クッキーの型や泡立て器、スパチュラ(ヘラ)など、さまざまなものを作っています。お菓子作りの道具は、だいたい10月のハロウィンから始まり、12月のクリスマス、2月のバレンタインデーまでが最需要期です。その後はダウントレンドになりますが、昨年は一斉休校になってから一気に跳ね上がりました。

佐藤 一緒にお菓子を作る親子の交流が、その数字に現れている。

遠藤 包丁など、料理関係の商品も好調のまま推移しています。それから砥石ですね。家で砥ぐ人が増えた。つまり実際に家庭の中で料理して食べる機会が増えているんですね。

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