消された中国人女優「ヴィッキー・チャオ」 知識人の間で囁かれる芸能界締め付けの理由

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 中国共産党による芸能界への締め付けが、ますます厳しくなっている。

 中国市場で俳優の出演料が高騰し、脱税や不正経理が横行しているための管理強化と言われているが、そこにはどうやら裏事情があるようだ。

 日本にもファンが多い女優のファン・ビンビン(范冰冰)が2018年、巨額の脱税容疑などで8億8000万元(約146億円)の支払いを命じられたのは記憶に新しい。

 最近では、同じく女優のジェン・シュアン(鄭爽)がやはり脱税で2億9900万元(約51億円)の支払いを命じられた。中国はまだまだ物価も日本などより安価であり、その額の大きさは驚異的だ。

 そしてもう一人、8月に入って「不可解な消され方」をした人物がいる。ヴィッキー・チャオ(趙薇)だ。

 映画「レッドクリフ」では孫権の妹・孫尚香を演じ、みごとな殺陣や馬術を披露した。また多才な人物で、45歳となった現在では映画監督やプロデュースを行うほか、芸能事務所も運営する実業家としても名を馳せる。しかし、数多くのエンドロールに刻まれて来たその名前が、中国のネット上から一夜にして文字通り消えた。これには中国国内のみならず海外の中国人たちも騒然となった。

 彼女は、8月29日にインスタグラムを更新し、北京で両親と過ごしているかのようなメッセージを載せており、当局に拘束されているわけではないようだ。このメッセージもその後削除されて今は見られない。

 一部では、2001年に旭日旗を想起させる服をファッション誌で着たことや、彼女の芸能事務所に所属する俳優が2018年に靖国神社で記念撮影した写真をネットに上げていたことが理由とされているが、何故いまこのタイミングで「消えた」のか、疑問は残る。

 そんな中、中国の知識人の間で、一連の芸能界締め付けは習近平政権が「ファンクラブ」を恐れたからだと囁かれている。

 これはどう言うことか?

 習政権は確かに、一部の大金持ちが特権を享受したり、富をさらに増やそうとしているのを問題視している。事実、ヴィッキー・チャオは億万長者(中国では急に金持ちになった人を嫉妬もこめて土豪などと称す)であるにも関わらず2017年、借金を自己資産と偽って上場企業の万家公司を買収しようと試みた。成功すれば彼女の富はますます増える。この違法行為は摘発され、証券監督委員会から向こう5年間の投資活動禁止を言い渡された。

 日本と同じく、芸能人の摘発は犯罪抑止に一罰百戒の効果がある。中でも脱税は中国でも重罪で、巨額の罰金が科される。

 しかし、一連の芸能界摘発を読み解く上での本当の鍵は、芸能人が持っているファンクラブの存在だと言うのだ。

「AKB選挙」が好ましくない?

 今年8月下旬、中国の美人女優チャオ・リーイン(趙麗穎)と若手イケメン俳優ワン・イーボウ(王一博)のドラマ再共演が報じられると、チャオ側のファンコミュニティがネット上で猛烈な反対活動を展開した。前作が不評だったことや、男女が複数回共演するとあらぬ噂を立てられる可能性があることなど、チャオを想ってのことであったが、それらの発言や活動は激化。そこで、中国共産党内の風紀を取り締まる中央紀律検査委員会は8月28日、機関紙に評論文を発表し、ファンクラブ内の乱れは毒気を生じるほどになっており、青少年に悪い影響を与えていると強く非難した。

 また、日本のAKB48などと同じビジネスモデルで、中国でもネット上でアイドルランキングの投票が行われているが、自由選挙のない中国では投票そのものが当局にとって好ましいものではない。

 中国共産党はこれまで政府や政権、政策をめぐる集団的批判は徹底的に押さえ込んできたが、芸能人のファンクラブ活動についてはガス抜きの意味もあり、大目に見てきた。しかし、芸能ネタとは言え、激化するネットの動きは油断できない。仮想空間で反対運動もどきの活動が行われれば蟻の一穴で、いつしか共産党批判に矛先が向かないとも限らないのだ。そこで、先手を打って規制に乗り出したと考えると、ヴィッキーやジェン・シュアンの摘発も理解できる。

 なお、ヴィッキーのファンコミュニティーサイトは既にアクセスできなくなっている。ヴィッキーは、共産党の逆鱗に触れて経営者退任に追い込まれたアリババの創業者ジャック・マー(馬雲)と親しいことも知られている。インフルエンサーとカリスマ経営者の組み合わせは、習政権にとって将来への禍根となりかねないものだ。

 習路線は、党以外に君臨する誰かを許さないのだろう。中国では例えば「六四天安門事件や「台湾独立」、習主席を擬えるとされる「くまのプーさん」などの言葉は検索できない。もっと膨大な言葉が中国ではそもそも存在しないことになっているだろう。しかし、私が見る限り、国内で生活している人たちの大半は、何が規制されているのかも最早分からなくなっている。

 自由な発想と好奇心が経済や社会を発展させると我々は教わってきた。中国とて、更なる発展を望む姿勢に変わりはないだろう。一党独裁を維持し、自由を厳しく制限しながら、なおかつ経済を発展させる…そんなことはできるのだろうか。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月1日掲載

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