銀メダリスト「稲見萌寧」が目指す“飛距離アップ”の落とし穴 宮里藍もマキロイもスランプに

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筋力アップとスイング改造

 メジャー4勝の実績を誇るローリー・マキロイ(北アイルランド)も、飛距離アップを目指したがため、負のスパイラルに陥った選手のひとりだ。

 彼は飛距離を360ヤード、370ヤード、場合によっては400ヤードと伸ばして昨年の全米オープンを制覇した米国のブライソン・デシャンボーの驚異的なパワーに刺激されたと言われる。そのためマキロイは、デシャンボーがステーキディナーを1日6食、プロテインドリンクを1日6杯飲み、体重を1年半で40キロ以上増量したと聞き及ぶと、昨秋から飛距離アップのための筋力アップとスイング改造に取り組んだ。

 しかし皮肉にも、今年3月には世界トップ10を割り込み、成績不振に陥ってしまう。ついにマキロイは、「デシャンボーの飛距離を意識しすぎて、自分も飛距離をアップしようと試みた結果、調子が狂った。もう僕はパワーの競い合いはしない」と路線変更を宣言。コーチも変更し、従来の「らしさ」を取り戻す「再出発」の道を歩み始めた。

 新コーチとなったピート・コーウェンは、「モダン・テクノロジーを駆使して開発された近年のクラブにマキロイのスイングが合っていない」と指摘した。マキロイはコーチの指示を受け、クラブを効率的に振れるようにスイングを若干調整するやいなや、5月のウエルスファーゴ選手権で2019年11月以来、1年半ぶりの復活優勝を果たしたのだ。

「僕は軽トラだから」

 逆に、米男子ツアーで通算3勝を挙げた丸山茂樹は、飛距離アップに端を発する負のスパイラルに陥らなかった代表例だ。

 丸山が米ツアー参戦を開始したばかりの2000年代初め、彼が手にしていたブリヂストン製のドライバーの開発技術は世界最先端を走っていた。おかげで、当時丸山は、米ツアーでは「飛ばし屋」に位置付けられていた。

 しかし、世界中で用具の開発合戦が進み、他の選手たちも先端技術を駆使して製造された「飛ぶドライバー」を手にし始めると、小柄な丸山はあっという間に「飛ばない選手」に分類されるようになった。その現実を冷静に見つめた丸山は、「彼らがダンプカーなら僕は軽トラだから」と語り、体格差による飛距離差を受け入れ、その代わり、飛距離不足を補うためのショートゲームのワザをとことん磨いた。

 丸山が「米ツアー屈指のウエッジの名手」と呼ばれるようになり、タイガー・ウッズ最強時代の米ツアーで通算3勝を挙げることができた背景には、そんな彼ならではの見極めがあった。

ゴルファーの永遠のテーマだが……

 もちろん、飛距離が出ることが圧倒的に有利であることは疑いようもなく、飛距離追求はゴルファーの永遠のテーマだ。そして、アスリートが何を目指し、何に挑むかは、言うまでもなく選手それぞれの自由であり、権利でもある。

 しかし、歴史を振り返れば、結果を追い求めてチャレンジしたことにさえ往々にして落とし穴があり、リスクとリワードを事前に見極めることは、多くの場合、困難であることがわかっている。ましてや好調の波に乗り、勢いづいていればいるほど、アスリートたちはさらなるチャレンジを厭わず、どんどん突き進んでいくだろう。

 だからこそ、今季国内5勝を挙げ、五輪で見事に銀メダルを獲得した稲見が、「飛距離アップが一番の課題」という言葉を口にしたとき、一抹の不安を覚えた。せっかくの意気込みにケチを付けているように感じられるかもしれないし、耳障りかもしれないが、努力家で情報収集に長け、「自分」をしっかり持っている様子の稲見だからこそ、あえてこの一言を記したい。

「飛距離アップは、どうか慎重に!」

舩越園子(ふなこし・そのこ)
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授
東京都出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1993年に渡米し、在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『才能は有限努力は無限 松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。1995年以来のタイガー・ウッズ取材の集大成となる最新刊『TIGER WORDS』(徳間書店)が好評発売中。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月23日掲載

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