夏の甲子園 長雨、最多7度順延で浮かび上がる大問題を朝日と高野連は放置するのか

スポーツ 野球

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 夏の甲子園(全国高校野球選手権)が雨にたたられ、8月19日も過去最多7度目の順延となった。この段階で「決勝戦は29日」と変更された。

「夏休み中に決勝ができるのか」「31日から始まる阪神戦に影響はないのか」「女子野球は予定どおりできるのか」といった心配が囁かれている。通常は中三日の余裕を持ってプロ野球に明け渡す慣習が長年守られてきたという。球場内の看板や表示など、プロ仕様に変更するための準備期間でもある。

 46年前、計5日順延された1975年には、8月22日から予定されていた阪神対ヤクルト2連戦が中止され、高校野球に舞台を譲った記録がある。今回もその再来があるのか。ただでさえ、7月15日から8月12日まで25日間もオリンピックで中断した影響を心配している阪神ファンは気が気ではないだろう。ここまで快調に首位を走るだけに、早く本拠地に戻って、前半戦の好調ムードに乗りたいに違いない。

 女子高校野球の選手にとっては、「初めて決勝戦を甲子園で戦える」という記念の夏。本来なら「休養日の22日」に開催予定だったが、日程変更のため、22日の第4試合として、午後5時からの実施となった。

 長雨が峠を越え、今後試合ができれば大会スケジュールは消化できるが、多くの課題が改めて浮き彫りになった。

 雨は不測の事態、この荒天の下で苦心されている関係者には敬服するばかりだが、主催者たちはもっと真剣に「真夏の開催」を再考する責務があるのではないだろうか。2、3年前から、なぜかメディアのタブーが薄らぎ、「猛暑の甲子園で高校野球を強行するのは危ない!」「時期を移すべきだ」といった議論がテレビでもできる空気になった。しかし、当の朝日新聞が本気でそれを検討している様子はいまのところない。

 私は、「隠される事実」「問題を共有しない体質」こそが高校野球の重大な課題で、それは高校野球が教育の一環ではなく、「新聞社の事業だから」という本質的な欠陥にあると感じている。これまでも、主催者に都合の悪い事実は報道されず、汗と涙と感動の物語によって覆い隠し続けてきた。ここでは多くを語らないが、部員の多い高校では一度も公式戦に出場できず卒業する部員がレギュラーの数より多い。そのことをまったく問題視せず、改善もしない。初戦で敗れる高校は秋春夏、年に3試合で終わってしまうが、そこへの配慮もない。

 この原稿では、長雨で浮かび上がる問題点を指摘しよう。深刻だが、ほとんどそこに光を当てた報道がなく、スルーされている。

 抽選の結果、2回戦終盤の登場となった浦和学院(埼玉)、石見智翠館(島根)、弘前学院聖愛(青森)ら7校は、20日まで一度も試合がない。今年はコロナ禍に配慮し、甲子園練習は中止、組合せ抽選もリモートで行われたため、例年より兵庫・大阪の宿舎に入る時期は遅かった。それでも6日前後には入っているから、試合をしないまま丸2週間をホテルで過ごすことになる。感染対策的にも芳しい状況とはいえないだろう。

 部員の多い強豪校の場合、ベンチ外でも3年生は一緒に宿舎に入る高校もある。人数が多く、メディア対応など様々な仕事があるため、普段は野球部の指導に関わっていない教員が応援で宿舎に詰める高校もある。こうした教職員たちの負担を、主催者(朝日新聞)は考慮したことがあるのだろうか? 私は、出場校の宿舎を訪ね、選手よりむしろ引率の先生方が疲弊し、笑えない心理状態で奮闘しておられる姿に直面した経験がある。貴重な夏休み、家族と離れ、甲子園遠征の宿舎で生徒たちの無事を見守り続ける心労は、想像以上のようだ。私はそんな様子を察して、買い物袋いっぱいのあんぱんを二袋差し入れた経験がある。疲弊している先生の大好物だと聞いていたからだ。私はそれぞれ十数個入ったあんぱんを監督、コーチ、OBらで分け合うものと思っていたが、後で聞いて驚いた。疲れ果てていたその顧問は一袋全部自室に持ち帰り、あっという間に食べてしまったというのだ。それほどストレスがたまっていたのかと気の毒になった。

 私は以前から「真夏の猛暑を避けて秋に開催時期を動かすべきだ」と提言している。勝ち進めば約3週間もホテル暮らしを続ける現在のやり方でなく、週末ごとに開催し、平日は学校に帰る方式を採用した方が合理的で健全だとも提案している。

 今年のような雨天順延がなくても、初戦に勝てば、次の試合まで中5日ほどあるのは通例だ。例えば今年の開幕初日に勝利した日大山形(山形)の2試合目は8月20日。新田(愛媛)、日本航空(山梨)は21日までずっと宿舎で滞在している。中10日も、雨で練習場も確保できず、十分な練習もできない期間を半ば拘束されて過ごしているのだ。

「試合間隔のあく前半戦は、甲子園から一度学校に帰るわけにいかないのですか?」

 高野連関係者に尋ねたことがある。「保険の関係で難しい」という答えだった。試合期間中は主催者の管理下にいなければならないという意味だろう。しかし、保険の制約のために大事な生活環境を束縛するのは本末転倒ではないか。地域によって往復時間に差はあるが、一度帰れば普段と同じ環境で生活し、練習もできる。なぜそれが許されないのか。改善を検討する様子もないのが、高校野球の不思議なところだ。朝日新聞も春のセンバツ主催の毎日新聞も、仮にも報道機関なら、我々でも知っているこうした隠れた問題点を自らリサーチし、改善の遡上に上げるのが当然ではないのだろうか。グラウンド整備のスペシャリスト「阪神園芸」の素晴らしさが話題になるのはいいとしても、そうした話題で問題から目をそらすのは違うだろう。本質を隠し、選手や教員たちに虐待的な負担を強いて、彼らは何を守ろうとしているのか? 春のセンバツ、夏の甲子園という人気イベントの既得権? 高校野球は、本気で変わるべき時期に来ている。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月20日掲載