浅田美代子が「寺内貫太郎一家」秘話を語る 西城秀樹を骨折させファンから脅迫状が

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“悪かったなあ”

 当時、実生活で小林は、折り合いが悪くなっていた妻と住む家を出、愛人女性と同棲していた。それについて久世は、「そういうよくない時期に、幸せな演技をやらせるとぴったりくるんだよ」と話していたという。

 こうして作られた「寺貫」は、数々の名ドラマを生んだ向田、久世両氏にとっても「代表作」と評される作品となった。

 高視聴率を受け、翌年には「パート2」が放送されている。

「当時は、本当に命の危険を感じながら収録に臨んでいましたよ」

 と笑うのは、俳優の谷隼人(74)。

 パート2では、前作と設定が若干変更になり、長女役として風吹ジュンが加わり、長男・西城は実は次男だったというストーリーに。そして新たな長男役として抜擢されたのが谷であった。

「台本を見たら、初回の放送で貫太郎に怒鳴られながらハサミで長髪を刈られるという場面があったのです。いきなり坊主頭にされる展開でもうびっくりですよ」

 谷演じる長男は、知り合いの女性を襲おうとして逮捕されてしまい、それが元で長女の縁談が破談になる。それでも反省の色を見せない息子に怒り狂った貫太郎が、改心させるために頭を刈り上げるのである。

「リハーサルでは、実際に演じながら、投げ飛ばされる際の位置方向やその後の体勢、カメラ位置などを確認します。その時点で亜星さんは既に7~8割の力を出す。それでも私もアクション俳優ですから、何とか受け身は取れた。でも、本番はそうはいきません。当時、亜星さんは120~130キロはあったのかな。その巨体が手加減なしに10割の力で来るものですから、私などは思い切り壁に叩きつけられ、揉みくちゃになったり、上から落ちてきた物が当たって散々でした。亜星さんは私をふん捕まえた段階で息が切れているんです。ハーハーしながら“許さな~い”と叫び、“おい大助!”と私の役名を言うシーンがあるんですが、その一言だけでも息が続かず、言葉が出てこないんです」

 長男の頭を押さえ、上からハサミで髪の毛を刈っていく貫太郎。その場面、谷は心底恐怖を感じていたという。

「亜星さんの演技は、他の役者さんと比べて全く遠慮が感じられない。髪が刈られる程度ならまだしも、最悪ハサミの先で頭皮を傷つけられたりしたらそれこそ病院送りになるかもしれない……。今思い出しても怖ろしい。リアリティを追求しているというよりもむしろ、それを超えた極限状態にあったようにも思います。普通の役者さんなら、“カット”の合図と共に素に戻りますが、亜星さんときたら興奮なお冷めやらず、息をハーハー切らしながら額から大粒の汗をしたたらせ、鬼の形相のまま。そんな状態が15分は続いたでしょうか。それから“大丈夫か”と謝りに来てくださいました。でもまだ息は整っていなかった」

 谷が鏡で自らの頭を見ると無残な虎刈り。ヘアメイクが「すごい刈られ方をしましたね」と呆れながら綺麗な坊主頭に仕上げてくれたという。

 ちなみにこの「乱闘」の前、やはり貫太郎に突き飛ばされた次男役の西城が左腕を骨折したのは有名な話。後日、谷は出演メンバーと一緒に、西城を見舞いに病院へ行った。その時も小林は、「悪かったなあ。悪かったなあ」と謝罪の言葉を繰り返し、逆に西城を恐縮させていたという。

「小林亜星一家」

 浅田同様、谷にとっての小林の演技は“素”のままだったとの印象が強い。

「演出の久世さん自体がそういう発想でしたね」

 と谷が続ける。

「久世さんはとにかく馴れ合いを嫌う人。時には“そんな芝居してるのかーっ!”と罵声を浴びせながら、調整室からスタジオに降りてくることもありました。すると役者たち皆に、ただならぬ現場にいるな、という緊張感が走る。それが久世さんの狙いなのです。怒られ役はいつも美代ちゃんだった。でも、亜星さんに関してだけは叱るようなことはなく、ありのままを出させようと腐心していたように思います。あまり事前に作り込まず、切羽詰まったところで撮影本番に持っていくと、魅力が最大限に出る、と。“とにかくリアルにやって”“(キャラを)作らなくていいよ”と簡単明瞭なアドバイスに終始していた。“セリフ回しが上手い頑固親父なんていないだろう”と。亜星さんが怒ったらそのままのテンションが続き、投げ飛ばしたら興奮はピークに達する。そんな無鉄砲な演技を久世さんは良しとしたんです」

 前出の、浅田が指摘していた下ネタはどうか。「男軍団」の谷は、実際に猥談を聞いていたのだろうか。

「いや、確かに下ネタはありましたけど、どちらかと言えば中心だったのは、由利さんや伴淳さんかな。特に由利さんは、“おしゃ、まんべ”とか言いながら、両脚をガニ股に開き、股間を手で隠したりしてみんなを笑わせていましたね。亜星さんはどうだったか……」

 むしろ記憶にあるのは、小林のこんな姿だ。

「一人ゆったりされていたり、仰向けで鼾をかいていたこともあったけど、台本を黙読したり、ご自分の作曲をしたりと。覚えているのは、伴淳さんが高倉健さんの大ファンで、いろんなエピソードを話すんです。それを聞いて亜星さんも“健さんすごいなあ”と憧憬の念を抱くようになっていましたね」

 後に小林は高倉健に曲を提供したが、こうした縁もあったのか。

 谷が続ける。

「役者としての亜星さんを一言で表現するとしたら、不器用な人です。この人を引き立てなければ、ドラマは成り立たないと思った。われわれ役者は常に亜星さんの引き立て役に徹して本番に挑んだものです。しかし、それが成り立ったのも、ひとえに亜星さんに人徳があったから。それがなければ癖のある役者たちが傷だらけになりながら支えたりはしませんよ。その意味では、まさに亜星さんは一家の大黒柱。彼無しには成立しえなかったドラマだと思います」

「寺内貫太郎一家」は、実のところ、「小林亜星一家」だったのかもしれない。

 ドラマのヒットを受け、その後の小林はバラエティやCMに相次いで出演。人気を博したのは周知の通りだ。

 他方、実生活では妻と別れ、愛人女性と結婚。はじめの妻との間に2人の息子がいるが、次男が後に未成年への淫行で逮捕されるなど、現実の家庭では苦労も味わう。しかし、テレビの中では「日本の親父」を演じ通して鬼籍に入った、小林亜星。

 改めて両名が振り返る。

「昨今、男性が弱くなってしまい、あんなカミナリ親父は見当たらなくなった。私にとって亜星さんは今でも貫太郎そのものです」(浅田)

「振り返れば、とにかく一途で真面目な方でした。プライベートで酒を酌み交わしたかった」(谷)

 今日もあの世で、ちゃぶ台をひっくり返しているだろうか。

週刊新潮 2021年8月5日号掲載

特集「『小林亜星』没して『浅田美代子』『谷隼人』が追憶の『寺内貫太郎一家』秘話」より

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