アーチェリーで「無観客の思いがけない影響」 日本は金メダル第一号を逃した?

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 日本選手の金メダル第一号は、柔道男子60キロ級の高藤直寿だった。その歓喜に隠れ、あまり話題になっていないが、私は別の種目を第一号候補に挙げていた。それはアーチェリーの混合団体だ。今大会から採用された新種目。アーチェリー界のレジェンドである五輪メダリストの山本博さんから、「アーチェリー競技でいちばん金メダルに近いのは混合団体だと思います」と教えてもらって、ずっと注目していた。

 アーチェリー混合団体は他種目の団体戦やミックス戦と方式が違う。男女1名ずつ計2名で戦う、いわばミックス・ダブルス。しかし、予めメンバーが決まっているわけではない。初日に行われる個人予選ラウンドの成績で代表選手が決まる。各国で最も成績のよかった男女各1選手が代表となり、全体の上位16ヵ国が混合団体に出場できる。

 日本には男女ともメダリストがいる。男子はロンドン五輪個人銀メダリストの古川高晴、女子はロンドン五輪団体銅メダリストの早川漣。古川・早川ペアが強豪の韓国を破って優勝する期待は十分にあった。ところが、予選ラウンドで古川はトリッキーな風に悩まされたのか大苦戦。1位の金済徳(韓国)の688点に遠く及ばない649点で46位。代わって、678点で5位に入った武藤弘樹が代表の座を射止めた。武藤は慶大を卒業後、トヨタ自動車に所属する24歳。女子も首位は安山(韓国)680点。早川は653点で16位にとどまり、代わって日本人1位になったのは22歳の山内梓(近大~近大職員)だった。もちろん、大舞台で力を発揮した若い二人が勢いに乗って勝ち進む期待が大いにふくらんだ。何しろ、予選の成績は韓国(1368点)、アメリカ(1350点)に次いで3位(1343点)。頼もしいスコアだ。

 しかし、男女混合団体が始まってまもなく、試合は不思議な重圧に包まれ始めた。

 混合団体1回戦、最初の相手はフランス。予選では1307点で14位。36点の差がある戦いやすい相手と見たが、そう簡単にはいかなかった。

 競技は4セット。各セットそれぞれ4射ずつ、合計ポイントの多いチームがセットを奪う。

 第1セットは、日本の勝利で始まった。日本のふたりはなかなか10点が取れなかったものの、フランスの男子選手ピエール・プリオンの不調にも助けられ勝利。そのまま優位に展開すると思われたが、第2セット、思わぬ現実が日本チームにプレッシャーを与え始めた。フランスの女子選手リザ・バルベランは21歳の新鋭。世界的にはまだ大きな実績のない選手だが、第1セット、10点、10点を連発。さらに第2セットも10点、10点、完璧なパフォーマンスを展開したのだ。フランスのプリオンが調子を取り戻すと、日本は逆に歯が立たない形となった。思いがけないバルべランの快進撃が結局、日本の追い上げを許さず、日本は1回戦で姿を消す形となった。

 元々、あまり注目の高くなかったアーチェリーだから、この敗戦を取り上げるメディアも少ないが、私はこの敗北はただならぬ事実を浮き彫りにする、今大会の今後にも影響する象徴的な現象だと感じた。

 それは、「無観客の思いがけない影響」だ。

地元でありながら地元感の薄い戦い

 山本博さんが大会直前に話してくれた、もうひとつの言葉が頭に蘇った。山本さんは言った。

「無観客になったおかげで、競技によってはとんでもない好記録が出る可能性がありますよ。アーチェリーはもちろん無観客だとやりやすい、すごく集中できますからね」

 その言葉どおり、女子個人予選でトップに立った安山の680点は五輪新記録。混合団体予選1位の韓国1368点も五輪新だ。好記録といえば、今大会の金メダル第一号となった射撃女子10メートルエアライフル個人戦で優勝した楊倩(中国)も五輪新記録だった。

 さらに、ゴルフ強化委員長の倉本昌弘さんの言葉も思い出す。

「無観客になって、思わぬ選手が活躍する可能性がありますね。ゴルフは普段から野次などは禁止されていますが、やはりギャラリーはいろんな言葉を投げかけてきます。選手との距離も近いので、心ない言葉で集中力を乱す選手もいます。ところが今回は無観客ですから、とくに大舞台で実績のない若い選手がのびのびとプレーして、素晴らしい成績を挙げる可能性はあると思います」

 倉本さんの予想はまずアーチェリーで的中した。若いバルべランが序盤から4連続で10点をマークできたのは、観客のいない、静かな環境に後押しされた結果かもしれない。

 そう考えると、「無観客」は、日本選手から地元の利を奪い、むしろ外国選手に有利な空気を醸しだす形になっているかもしれない。それはもちろん、公平で素晴らしいともいえるが、今後のすべての競技で日本選手は地元の声援を受けられず、地元でありながら地元感の薄い戦いを強いられることが改めて明らかになった。

 アーチェリーの会場に多くの日本人観客が訪れ、武藤・山内ペアに熱い応援のエネルギーを注いでいたら、結果は違っていたかもしれない。日本の勝利を願う熱い空気の中でバルべランは4射連続10点を記録できただろうか。「無観客」の影響を改めて感じさせられた滑り出しとなった。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月26日掲載