現代の秘境「東京藝大」に潜入 「大学の敷地内にホームレスさんの家」 懐の深さは日本一?

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上野動物園のペンギンを一本釣り?

 ところで美校の敷地は、上野動物園とフェンス一つで接している。そのためか、動物園絡(がら)みの伝説をいくつか聞いた。

 いわく「学生が絵画棟からペンギンを一本釣りした」「鹿(しか)を盗んできて焼いて食べた」「酔った勢いでペンギンをさらい、冷蔵庫で飼おうとしたが死なせてしまった」「藝大生は無料で上野動物園に入れたが、悪行のためにダメになった。上野の博物館や美術館は学生証を見せれば無料で入れるのに、動物園が例外なのはこのため」……。

 真相を確認したところ、どうやらこういう顛末(てんまつ)らしい。

 ある日、上野動物園でペンギンが一頭死んでしまった。一人の学生が死体を貰(もら)い受け、一時的に染織専攻の冷蔵庫に保存した。それを知らない教授が冷蔵庫を開け、大騒ぎになった……。

 当時はフェンスが低く、大らかな時代でもあったため、藝大生は境界線を乗り越えて動物園に入り、動物たちをデッサンしていたそうだ。それが現在は難しくなったことと、ペンギン冷蔵庫事件とが合わさって、伝説が形成されたと思われる。

 ある美校の学生からは、こんな話も。

「動物園って『ライオン』とか『トラ』とか立札があるじゃないですか。工芸科の学生が『ホモ・サピエンス』の札をそっくりに作って、藝大との間のフェンスにかけたそうです」

 もちろん上野動物園から抗議を受け、札は撤去された。

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音校──舞台に立つ──

 美校はどこでも入り放題で、誰でもウェルカムな空気があった。例えば金属加工を行っている部屋の前でうろうろしていると、髭を生やした准教授が話しかけてきた。怒られるのかと思いきや。

「見学かい? 今、鉄を切ってるから見てく?」

「いいんですか?」

「うん」

 こんな感じなのである。機械などを見せてもらいながらしばらく雑談した。

「鉄はいいよねえ」

「鉄の何がいいんですか?」

「硬いところだね」

「硬いところ……ですかあ」

「うん、硬いところだねえ」

 お願いすればどこまでも見学させてくれそうであった。

 だが、音校は違った。

 まず目に入るのは、入り口のセキュリティロック。学生証をカードリーダーにかざさなければ入ることすらできない。あちこちに「不審者注意」などと張り紙もされている。不審者の一人である僕は、びくびくしながら妻について歩く。

 ある音校卒業生が教えてくれた。

「防犯意識は高いですよ。女の子に、ストーカーっぽいおじさんがついてきたりするんです。それから楽器には高価なものが多いですから」

「やっぱり盗難を警戒するんですね」

「そうですね。昔、ピアノをまるまる一台盗まれたことがあったそうです」

「えっ、ピアノをまるまる一台?」

「業者の振りをして泥棒が入ってきて、『運び出しますんでー』と。みんな、そういうものかと思ったらしく……」

「豪快な泥棒ですね」

「それから、これは滅多にないことですけれど。上手な女の子のヴァイオリンが、壊されるという事件があったんです。犯人はわからないままですけれど、誰かに嫉妬(しっと)されたんじゃないかって。そういうことが起きてもおかしくない雰囲気というのは、あります」

 校舎内で目立つのは、いくつも並んでいる小さな個室。ビジネスホテルのように、扉がずらりと廊下の両側に並んでいて、それぞれの部屋からかすかに音楽が響いてくる。

 扉には覗き窓がついていて、中を見ることができた。部屋は防音壁に囲まれていて、ピアノや譜面台が置かれている。女性が一人、一心不乱にピアノを弾いていた。廊下にはベンチがあり、部屋が空くのを待つ学生がそこに座り、退屈そうに携帯を眺めていた。

 なるほど、これは練習室だ。肩を並べて彫刻を作ることができる美校とは違い、音校での練習は個人単位になるわけだ。

 扉の見た目に大差はないのに、その向こうには全く違う世界が広がっている。

 ヴァイオリンを一人で弾く程度の六畳ほどの空間もあれば、自動販売機八つ分くらいの大きさのパイプオルガンが、デンと据えられた部屋もある。邦楽科の練習室は入ると襖(ふすま)があり、それを開けると畳敷き。能や日本舞踊を舞える舞台が設置されていた。

 蜂(はち)の巣のような練習室がある一方で、コンサートホールも六つある。中でも最大のホールが、奏楽堂だ。この奏楽堂、座席数が千百席! 音校の生徒数は四学年を合計しても千人弱だから、全員余裕で収容できてしまう。さらにオペラ座のようなバルコニー席があり、オーケストラピットまである。楽屋なんて八室もある。楽屋が八つもあってどうするのだろうか。

 奏楽堂に入ると、見上げるほど巨大な、美しい装飾の施された木枠が目に飛び込んでくる。パイプオルガンだ。

「藝大のオルガンの中でも、奏楽堂にあるものは億の値段ですね」

 オルガン専攻の学生、本田ひまわりさんがそう教えてくれた。億……馴染(なじみ)のない金額に思わず震えがくる。

「ええと……実際に触れるんですよね?」

「はい、練習でも使ってますよ。そうそう、奏楽堂は天井が可動式なんです」

「え? 何のためにですか?」

「音の残響時間を調整するんですよ。演奏内容によって、お客さんに一番良い状態の音を届けられるように」

 うーん、違いがわかる自信がない……。

 練習室とは別に、門下部屋というものもある。

これは楽器の担当教授と、その門下生ごとに与えられている部屋だ。例えば器楽科ファゴット専攻であれば、ファゴットを学ぶ一年生から四年生までの全学生のたまり場となる。

ファゴットを愛するファゴット使いたちの部屋。

「部室みたいで居心地いいですよ」

 安井悠陽(ゆうひ)さんは、大柄な体を揺らしてそう言った。

「どんなことをして過ごすんですか?」

「そうですねえ、みんなでファゴット吹いて遊んでますね」

「ファゴットを吹く……? 個人個人で、ですか」

「いえ。例えば一人が、ピアノ協奏曲を吹き始めるとするじゃないですか。すると別の奴が、それにハモって吹き始めます。別の奴がヴァイオリンのパートで参戦してきたり、また別の奴が入ったり……」

 いつの間にか合奏になるのだという。

「たまに誰かがふざけて短調に変調して、悲しいメロディにしてみたり。あるいは倍速で吹いてみたり。一人がテンポをあげるとみんなついていこうとしますし、追い抜こうとして競争みたいになったり。楽しいですよ!」

 音校は、どこもかしこも音楽で満ち溢れている。練習室、ホール、門下部屋、果ては階段の踊り場まで……。

 夜になって学生がみな帰れば、音は消え、空っぽの部屋だけが残される。

全員遅刻vs.時間厳守

「音楽は一過性の芸術だからね」

 音校楽理科卒業生の柳澤佐和子さんの言だ。

「つまり、その場限りの一発勝負なのよ。作品がずっと残る美校とは、ちょっと意識が違うかもしれない。あと、音楽って競争なの。演奏会に出る、イコール、順位がつけられるということ。音校は順位を競うのが当たり前というか、前提になっている世界なんだよね」

 美術でもコンクールなど順位がつく場もあるとはいえ、競争意識は音校に比べてゆるいようだ。妻もこんなことを言う。

「美術って、みんな一緒に並べて展示できるからいいよねー」

 美術の作品はずっと残る。だから今評価されなくても、いつか評価される可能性も、共に残り続けるのだ。

 そんな美校のゆるさは、いろいろな形で表れているようだ。

「どちらかと言えば、美校の教授ってルーズというか、のんびりしていると思います」

 絵画科油画専攻四年の奥山恵さん(仮名)は、そう教えてくれた。

「毎週、教授会議があるんですよ。十三時からなんですけど、私ちょっと用事があってそこに入ったことがあるんです」

「どうでした?」

「教授、一人しかいませんでした」

 一人を除いて全員遅刻……。

「私が『先生、一人ですね』って言ったら、『うん……』って。ちょっと可哀想(かわいそう)でした」

 妻も以前、こんなことを言っていた。

「あ、雨だ。ちょっと待って、休講かもしれない」

 そして携帯を見て、藝大のホームページを開く。

「どういうこと?」

「雨降ると休講になることがあるから」

 まるでハメハメハ大王の歌じゃないか……。

 一方の音校。邦楽科三年の川嶋志乃舞(し の ぶ)さんによれば、随分違うらしい。

「教授は絶対です。先生というか、師匠ですから」

「では時間厳守、ということですか」

「はい、もちろんです。邦楽科では、学生はレッスンの三十分前に来るのが基本です。その間にお部屋の準備をするんです。座布団(ざぶとん)を並べたり、楽器を用意したり。時間が余ったら譜面を読んだりしますね。もちろん、事前に予習はしてくるんですけれど。万全にしておいて、時間になったら先生がやって来て、授業が始まります」

 音校の中でも邦楽科は特に厳しいようだが、全体的に美校よりも時間の意識は強い。作品が置いてあればよい展覧会と違い、演奏会は奏者が欠けたら成立しないのだ。

 ほぼ全員遅刻の美校と、時間厳守の音校。美校と音校の合同教授会議では、喧嘩(けんか)にならないのだろうか?

「音校に合格した学生が一番最初に何をするか知ってる? 写真を撮るの」

 そう言うのは、楽理科卒業生の柳澤さん。

 ドレスを着て楽器を携え、にっこりと笑う宣材写真を撮るそうだ。演奏会のチラシを作るにも、ホームページに載せるにも写真が必要になる。春になると新入生同士で「もう写真撮った?」「いい写真屋さん知ってる?」といった会話が交わされるという。

「やっぱり自分が商品だからね。舞台に立って、鑑賞してもらうわけなんで」

 ピアノにしろヴァイオリンにしろ、声楽にしろ、スポットライトを浴びるのは自分だ。お客さんは演奏だけでなく、演奏者の振る舞いや指の動き、容姿や表情まで含めて楽しむ。

 学生ながら、自分は「見られる側」だとすでに知っているのだ。学生たちの服装の違いも、そういったところから出てくるのかもしれない。

「美校に合格して最初にやること……? 特にないかなあ。めっちゃ寝たりとか?」

 妻はそう言って首を傾(かし)げた。

 美校にも、音校の宣材写真に相当するものはある。「ポートフォリオ」だ。作品の写真や、これまでの展示風景などを一冊のバインダーにまとめたもので、自己紹介代わりに見せる。しかし、こちらの場合はあくまで作品が主役。作品を見てもらえば、作者の外見なんてどうでもいいのだ。

小さじも、机も、トロフィーも作る

 ところで、美校の妻と音校の柳澤さんとでは、同じ芸術を愛する者でも異なる部分がある。それはお金との関わり方だ。そもそも、妻はお金をあまり使わない。貧乏やケチとは少し違う。作れるものは何でも作ろうとするのである。

 ある日砂糖壺(つぼ)を開けると、中に木製の小さじが入っていた。ちょうど壺に入る大きさで、よく磨かれていて、つるつるとした触り心地が楽しい。

「あれ、これいいね。買ったの?」

「作ったよー」

 そういえば、数日前からベランダで何かを削っていたけれど……窓を開けてベランダを見ると、切断された木片が転がっていて、木屑がプランターの脇にたまり、ごろんとノコギリが放り出されていた。

 妻と一緒にいると、これくらいは当たり前になってしまう。床の傷をパテで埋めて元に戻していたこともあるし、突然、下駄箱の上に木製の写真立てが出現したこともある。

 妻の実家では、そんな習性に慣れっこの様子。先日、お義父(とう)さんがプレゼントをくれた。

「これあげるよ」

「……何ですか、これは」

 目を白黒させている僕に、お義父さんが言う。

「板だよ」

 板なのはわかりますが。抱えるほど大きい、立派な板ですが。

「なかなかいい板だから、テーブルでも作りな」

「わーい、お父さんありがとう」

 喜ぶ妻。戸惑う僕。

 現在その板は、我が家の二つ目のテーブルとして立派に働いている。

 この自給自足の精神は、美校の中でたくさん見ることができる。

「鞴祭(ふい ごさい)」というものがある。鞴というのは人力の送風装置で、金属加工ではとても重要な道具だ。この鞴を使う鋳物師(いものし)や鍛冶屋(かじや)が、神様を祭るために行う儀式が鞴祭。藝大の彫刻科や工芸科でも金属加工を行うので、十一月には学内で鞴祭が行われる。

 部外者でも参加できるようなので遊びに行ってみたが、祭りはなかなか本格的なもの。

 鞴が祭壇にデンと置かれ、注連縄(しめなわ)や紅白の幔幕(まんまく)が張られている。教授を筆頭に関係者が集まり、袴(はかま)に烏帽子(えぼし)をつけた神主が祝詞(のりと)を唱え、巫女(みこ)が玉串を配っている。大きな酒樽(さかだる)はたった今、割られたところらしかった。厳粛な空気が漂い、思わず襟を正す。

 祝詞が終わった。やんややんやと歓声があがる。学生たちが皆におでんを振る舞いはじめた。妻に言う。

「ちゃんと神主さん呼んでやってもらうんだね」

「あれ、院生の先輩だよ」

「…………?」

「巫女さんも四年生」

「え? 自前なの?」

 全(すべ)て“お手製”だそうだ。祭壇、幔幕は一年生によるセッティング。注連縄は稲藁(いな わら)をより合わせて作る。神主や巫女は学生。おでんも裏で煮ているという。覗いてみると、焚(た)き火の上に巨大な釜。中では大量のおでんダネがぐつぐついっている。燃料はなんと彫刻の端材(はざい)となった木材。おでんをすくう巨大オタマまで手作りだ。細長い角材の先端にボウルを針金でくっつけている。火が消えかければ倉庫からガスバーナーを持ってくる。着火したら送風機で火を大きくし、端材を追加する。

 キャンプ場で自炊しているみたい。

 彼らの姿を見ていると、自分の頭がひどく固くなっているようでショックを受ける。何事もお金を使うという前提で考えていたことに気づくのだ。

 例えば家が欲しくなれば、僕はどうしても賃貸と分譲とどっちがいいかとか、価格がこれから上がるのか下がるのかとか、考えてしまう。通帳とにらめっこする作業が、家を手に入れる作業になる。

 妻はきっと、自分で建てるという発想を持てるのだ。もちろんお金を使えば時間は短縮できるが、それはあくまで選択肢の一つというわけ。

 会場の裏手の棚に、トロフィーが飾られていた。「彫刻科ボウリング大会優勝」と書かれている。

「こういうトロフィーのほうが、欲しくなるねえ」

 僕はしみじみと言った。妻が頷く。

「なんたって、准教授の手作りだからね」

 そのトロフィーは一本の木から彫りだされたもので、ボウリングのピンの形に美しく磨き上げられていた。

仕送り毎月五十万

 一方、音校卒業生の柳澤さんが教えてくれた、学生時代の話。

「私、月に仕送り五十万もらってたなあ」

「え、五十万?」

「音校は何かとお金がかかるのよ。学科にもよるけど。例えば演奏会のたびにドレスがいるでしょ。ちゃんとしたドレスなら数十万はするし、レンタルでも数万。それからパーティー、これもきちんとした格好でいかないとダメ」

 音楽業界関係者のパーティーは頻繁にあるそう。そこで顔を売れば、仕事に繋がるかもしれないのだ。

「楽器も高いものが多いですからね。ヴァイオリンやピアノは、特に高いと思いますよ」

 器楽科でハープを学ぶ竹内真子さん(仮名)が言う。

「ハープって、よく上流階級っぽいなんて言われますけど、まだ庶民的なほうではないかと思います。高くても一千万ですから。ちゃんとしたのを買おうとすれば、三百万くらいかな……うーん、それでも高いですかね。でもヴァイオリンは、ものによっては億いっちゃいますからね。何だか金銭感覚麻痺(まひ)してきますね。ヴァイオリン専攻の友達に『ちょっとトイレ行くから楽器見てて』なんて言われると……そんな責任負えないよ、ってなります。だって手の中に家があるんですよ、家が!」

 竹内さんは、わなわなと手を震わせていた。

 器楽科ホルン専攻の鎌田渓志(かまだけいし)さんも、こう話す。

「いい楽器を使わないと、受験でも不利なんです。僕は浪人した時にローンを組んで、新しいホルンを買いました。定価が百三十万で、少し負けてもらいましたけど、それでも百万はしましたね」

 楽器は高いけれど、自分で作るわけにはいかないし、そんな時間があれば練習をすべきなのだ。

「楽器は運ぶのも大変なんですよ」

 これは、器楽科コントラバス専攻の小坪直央(なお)さんの話だ。

「新幹線では、コントラバス用の指定席も買わないといけませんから……」

 高価な楽器を持ち、上等な衣装を着て演奏する。レッスンをして、演奏会に出て、パーティーに参加する。長期休暇には海外に飛び、本場の演奏を聴く。

 何だか優雅な雰囲気に満ちている。

 顔に半紙を貼(は)りつけている妻とは、方向性がだいぶ違うようだ。

 ある日、柳澤さんに誘われた。

「今度、同窓会をするんだけど、来ない?」

「僕が行っていいの?」

「大丈夫。みんな友達連れて来たり、ゆるい会だから」

 それなら安心と、ゆるい格好で向かった僕は仰天することになった。

 会場が「鳩山(はとやま)会館」なのである。

 総理大臣にもなった鳩山一郎が建てた洋館で、ここの応接室で自由党(自民党の前身の一つ)結党に関して議論がなされたり、ソ連との国交回復に向けて準備が行われていたとされる。大正末期そのままの英国風建築、ステンドグラスからはバラが咲き誇る庭が見え、鳩山一郎の銅像が立っている。

 大広間を一日借りるのにけっこうなお金がかかる鳩山会館。それも、鳩山家関係者の紹介が必須(ひっす)となる。そんなところで同窓会を行う人々が存在するなんて。

 恐縮しているのは僕一人で、みなのびのびと談笑している。つまり、彼らにとってはこれは日常であり、取り立てて驚くべきことでもないのだ。

 余興の時間になると、参加者の何人かが壇上に立つ。そして歌を歌う。ピアノを弾く。宴会の、それはあくまで余興なのだが……。

 プロなのである。

 オペラの一節を歌い上げれば美しい声が響き渡る。遊びとして童謡を歌っていても、それがまた聴き惚(ほ)れるほどなのだ。

「私、洗い物したことないのよ」

 柳澤さんが言う。

「ピアニストにとって指は商売道具だもの。傷つけて演奏ができなくなったら大変、練習できないだけでも困る。一日練習しないと、三日分ヘタになるって言うくらいだからね。重いものも持たないし、スポーツもしない。それは、プロならばより意識してるはずよ。私も高校の頃は、体育は見学してた」

 試しに聞いてみた。

「じゃあ、自分で板からテーブルを作ったりなんかは……」

「ありえないわ!」

 柳澤さんは、口に手を当てた。

 何でも作ろうとする人と、洗い物さえしない人。何もかも自前で飲み会をする人と、鳩山会館で同窓会をする人。普通なら交わらないだろう両者が、同じ学校に通う。

 それが藝大なのだ。

デイリー新潮編集部

2021年7月23日掲載

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