「地上の楽園」NYの現地ルポ ノーマスク、街中でワクチン接種が可能

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 五輪目前の東京では、四度(よたび)の緊急事態宣言でいまも自粛の只中にある。かたや、海の向こうニューヨークはワクチン接種が進み、ノーマスク、ノーディスタンス。ウイルスとの闘いから1年超、両都市を隔てた要因とは――。「地上の楽園」から現地ルポをお届けする。

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 首都・東京への4度目の緊急事態宣言発出が日本政府から表明された7月8日、世界有数の経済都市である米国ニューヨークの街中には、ビジネスマンから観光客までがマスクなしで行き交う「アフターコロナ」の光景があった。ショッピングモール内でも、ほとんどは「ノーマスク・ノーディスタンス」でコロナ解放区さながら。満面の笑みをマスクなしで読み取れるのも、どこか懐かしい。

 セントラルパークでは、大人も子供もノーマスクでランニングなどに励み、お年寄りから若者まで、コロナ禍とは無縁の楽園が広がっているではないか。セントラルパークは徒歩一周で、およそ1万歩の距離。そこをマンハッタンの東西南北から、あらゆる階層が運動や散歩に訪れる。軽やかに躍動し、互いに挨拶を交わし、肩を寄せ合って談笑する彼らの姿を見ていると、そこが1年前はゴーストタウンであったことなど想像もできない。

 ショッピングモールの野菜売り場には老若男女が入り乱れ、手が触れ合う距離で互いに目利きを競わんばかりだ。あれかこれかと触っては戻す。濃厚接触の嵐。口を覆って、顔をそらして小声での会話が求められる日本に較べれば、コロナ禍などないかのごとし。消毒液も置かれてはいるが、もはやドアノブから釣り銭まで、接触をためらう者などいない。テニスコートでは、ボールを追い、ハイタッチが交わされる。

 保健当局がホームページに掲載している「コロナ禍でのセックスについて」の指導要項では、Zoomを使ったバーチャルでのセックスやセックスパーティーといったアダルトサイトまがいの作法が推奨されていた。それも現在は、ワクチンはリアルセックスを安全に行うためのベストな手段、と謳われている。ついにワクチンは人間の本能をも回復させたのであった。

 日本ではひたすら、「新しい生活様式」への移行と、コロナによる社会活動の変容が説かれている。しかし、それもニューヨークの従前回帰を眺めれば、結局は「新しい生活様式」は新しいビジネスチャンスの煽りであるのかとさえ思ってしまう。ニューヨーク周辺の「アフターコロナ」を見る限り、結局、「もとの世界」「前の日常」に戻ったのだ。

 それもこれも、すべてが「ワクチン」のなせる業、ということになるのだろう。18歳以上の70%が少なくともワクチン1回は打つという米国政府の目標にはなお届かないものの、日本の30%以下(1回接種)に較べて2倍以上の開きがある。

 翻って、オリンピック前の羽田空港国際線ターミナルはゴーストタウンである。開いているのは銀行の両替カウンターくらいで、日本の古い町家の風情を再現した、情緒ある飲食店街もほとんどが休店中だ。開いている店も、旅行客相手というよりは空港で働く従業員らの昼食需要を当て込んでいるといった雰囲気だ。

「コロナからの独立宣言」

 6月下旬、ニューヨークに到着した私は隔離なしでホテルにチェックイン。荷物を下ろしたその足で、同市内に点在する、ワクチン接種会場に向かった。市内には、米国の市民権や永住権がない者でも気軽にワクチンが接種できる、簡易型ワクチン接種会場、通称「ポップ・アップ・サイト(PPS)」がいくつかある。

 米国では国全体が祝賀ムードに包まれるのは7月4日の独立記念日だ。

「米国では、独立記念日までに国全体のワクチン接種率を70%まで高めようということで、とにかく街角にPPSを数多く展開しています。その意味で、今が一番、アクセル全開の状態でもありますね」

 ワクチン接種会場への道すがら、日本の政府機関に長く勤め、現在は米国で暮らす現地の知人はそう教えてくれた。

「昨年の独立記念日、マンハッタンはそれこそゴーストタウンですよ。車もなければ人気(ひとけ)もない。あんな光景を見たのは、9・11のテロのとき以来ですかね。独立記念日恒例の花火大会も米国各地で中止が相次ぎました。アメリカ人にとって心理的なショックは大きかったですね」(同)

 それから1年後、もちろん感染者が発生してはいるものの、街の光景と、人々の表情は、やはり東京とはあまりにかけ離れている。

 ノーマスク、ノーディスタンス――。

 タイムズスクエアでは、若い女性が踊る姿があり、周囲は世界中の観光客で溢れていた。なおもコロナ禍に苦しみ、感染状況が一進一退する日本とは大違いだ。

「世界に有力なワクチンを供給するファイザーやモデルナといった有力メーカーが米国由来であることももちろん、強みです。ですがそれ以上に、危機に陥ったときの対応はとにかく米国は速い。確信をもって、有無を言わせずにバンバンやる。一度決めたら徹底してやりますから」(同)

 なるほど。ニューヨークにあっては「マスク着用」が義務化されていたが、「ワクチン接種済み市民」は、この規定が除外され、自由度、解放度が増している。

 日本では強制力がないにもかかわらず、「ゆるめと引き締め」が繰り返される。一方、米国では、「義務化によって厳しくタガをはめておき」、そして「ワクチン済みの市民、訪問客」から自由度を確保していく。そういう流れなのだ。

 こういうとき、実効性の見えない「市民の自主性」などに決して期待しない米国の行政手腕は、非常時には強みを発揮する。あらぬきっかけから「暴動さえ発生する」米国にあっては、無用に市民の自主性などに期待していては「秩序」を維持できないのだ。その点、多様な人種と属性を抱えたうえで国民を統治してきた米国の経験は豊富である。

 市民の自主性に頼り、その結果、「オリンピック無観客開催」に突入した日本の顛末がある種の「必然」であったようにみえてしまう。一方、「マスク義務化」と、最初に強いタガをはめ、そこから「ワクチン接種済み市民」に活動の自由度を確保していくという、ある種「ムチと飴」によって、ワクチン接種の動機付けを与えていく社会政策は奏功したといえよう。

 タイムズスクエアは独立記念日を前に、往時ほどではないにせよ、世界からの観光客が人混みをつくり、そしてノーマスクで「コロナからの独立宣言」を行っていたのである。

 タイムズスクエアからそう遠くないペンシルバニア駅は通勤客で日夜溢れる。東京でいえば新橋駅といった位置付けだろう。現地に到着したその足でペンシルバニア駅に向かうと、移動型のPPSが設置されていた。

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