「大人のADHD」安易な診断、薬物治療は禁物? 先天的以外の原因は

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米国では離婚率が急増し…

 そもそも遺伝要因の「本来のADHD」は、小学校までに多動、不注意といった症状が明らかに見られ、生活に支障を来している場合を言います。そうでなければ、ADHDとは言えません。

 したがって、大人になってから「ADHD的」な症状が現れるようになったケースは、発達障害ではなく、他の要因を考えなければなりません。うつや不安障害、さらには何らかの依存症によってADHD的な症状が出ることもありますが、それ以外の大きな要因と言われているのが「愛着障害」です。

 例えば虐待を受けたり、親に見捨てられたりと、子どもの頃に親との関係が不安定だった経験がある人は、何年か経ってからADHDと似た症状を発症する場合があるのです。こうした後天的なケースが、「大人のADHD」として近年、目立つようになっている。

「本来のADHD」は、実は18歳になる頃までに、7割強の人で症状が軽快します。一方、愛着障害による「大人のADHD」では、逆に年齢が上がるにつれ症状が強まっていく。また、先にも述べたように「本来のADHD」の人はあまり症状を気にしません。他方、「大人のADHD」では、症状は軽くても異様に気にして悩む傾向が強い。これらの点が、両者を見分けるポイントと言えます。

〈「先天的」な発達障害かと思っていたら、実は「後天的」な愛着障害だった……。薬の濫用の無意味さが、改めて浮かび上がってくる。〉

 愛着障害とは、虐待やネグレクト、養育者の交代などの養育要因によって愛着形成が破綻し、対人関係や情緒面、社会的発達に問題が生じる状態を言います。例えば離婚です。

「ADHD大国」と言える米国では、1960年代から70年代にかけて離婚率が急増し、その頃から虐待も増え続けている。離婚や虐待の増加に伴い、愛着障害由来の「大人のADHD」も増えました。

 また、児童における「本来のADHD」では男子の割合が高いのに対し、「大人のADHD」では差がないか女性の方が多い。これは、女性の方が男性より、愛着面で傷を受けやすく、引きずりやすい傾向があるためと考えられ、愛着障害のひとつの特徴と言えます。

 ADHDと見誤られるケースが多い愛着障害の種類として、近年、脱抑制型愛着障害(DAD)が注目されています。これは、誰にでも見境なく甘えようとするタイプの愛着障害です。親からの愛着が不安定だったために、自分が本来頼っていい相手とそうでない相手の見分けがつけられず、そのため次のような特徴的な症状が見られます。

 親しい人と初対面の人の区別なく、馴れ馴れしく振る舞う。

 ブレーキが弱く、気持ちや欲求のままに行動してしまう。

 気を引こうとする行動を取る。

『赤毛のアン』や『アルプスの少女ハイジ』の主人公にも、DADの特徴を見て取ることができます。彼女たちは相手を疑うことなく懐(なつ)き、気持ちのままにおしゃべりしたり会話するところが魅力的なのですが、アンもハイジも、実の親とは別の養育者に育てられており、こうした養育環境で育った子どもにDADは高頻度で認められます。

 そしてDADゆえの行動が、多動や衝動性として現れ、「大人のADHD」と診断されてしまうことがあるのです。

〈根深き「愛着」の問題。これは、今後この「親子問題」シリーズで扱う別のテーマとも深く関わってくるため要注目だが、では安定した愛着を築く上で、親子の接し方としてどのようなことに気をつけるべきなのか。〉

 母親から子どもへの愛着は、産後48時間が重要だとのデータが存在します。授乳などで、とにかくこの時間に母子が密に接することが大切になります。

 逆に子どもから母親への愛着は、生後半年から1歳半までの間に形成されると言われています。したがって、その期間はできるだけ母親と子どもが一緒にいる時間を作ることが大切です。

「症状」と「病気」

 一方、この時期の愛着形成が充分ではなかったとしても、後から修復することも可能だとされています。そこで大事なのは、子どもの安全性を脅かさない「安全基地」になること、そして「応答性」です。子どもが求めてきたら応じる。逆に、子どもが求めていないのに口出しすることは慎む。求めれば応じてくれる。このことが安定した親子関係、愛着形成に役立つのです。

 親が都合の良い時だけ子どもに関わり、子どもが求めている時には気づかなかったり、無視してしまう。これは親中心の押しつけに過ぎず、子どもとの安定した愛着は形成されません。そうならないためには、常に細心の注意を払って子どもを見守る必要があります。親子関係というものは、常に真剣勝負なのです。

 こうして安定した愛着が形成できないと、愛着障害を抱えたまま成長し、「ADHD的」な症状だけでなく、生きづらさを抱えやすい。子どもの頃に自分のペースを尊重してもらえなかった人は、周囲の人、そして自分の子どもに対しても一方的な関わりをしてしまいがちです。自分が尊重してもらった経験がないので、どうすれば一方的ではない関わりができるのか、その思考回路を充分に持ち合わせていないためです。

 この場合、専門的な訓練が必要となってきますが、一番幸運なのは、安全基地となる恋人や伴侶との関わりの中で、愛着が安定し、症状も改善していくことです。残念ながら、身勝手なパートナーに出会ってしまうと、傷つけられてその逆も起きてしまいますが。

 こうした丁寧な理解と支えが必要な愛着障害の人が、ADHDと安易に診断されてしまっているのが現状なのです。症状が似ているので「ADHD」という概念で一緒くたにされてしまうわけです。愛着障害が素通りされてしまっては、いくらADHD用の薬を投与しても問題は改善しません。症状をもたらす肝心の原因が誤っているのですから。

 今日の医学教育の礎を築いた内科医ウィリアム・オスラー(1849~1919)は、「症状ではなく、病気を治せ」と説きました。

 不注意だけでなく生きづらさで悩んでいるとしたら、「症状」はADHDであっても、「病気」は愛着障害なのかもしれないのです。

 そして、あなたが発達障害であろうとなかろうと、子育ての仕方次第では、我が子を愛着障害や「大人のADHD」にしてしまう危険があることを知って、関わり方を変えていく必要があると思います。

 それは、専門家の間でも疑問が高まっている「ADHD診断インフレ」から我が身を、そして家族を守る術でもあるのです。

岡田尊司(おかだたかし)
精神科医。1960年生まれ。香川県出身。東京大学文学部哲学科で学んだ後に、京都大学医学部へ。同大大学院精神医学教室などで研究をしながら、京都医療少年院に勤務。2013年、岡田クリニックを開院する。『ADHDの正体 その診断は正しいのか』(新潮社)など著書多数。

週刊新潮 2021年7月15日号掲載

特集「コロナ禍の『親子問題』第2弾 実は『後天的』も多い『発達障害』に異変」より

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