【青天を衝け】冒頭、北大路欣也が「こんばんは、徳川家康です」で登場する重要な意味

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家康の2つの役割

 北大路版の家康の役割は大きく分けて2つある。まず解説者役。これが本領に違いない。

 例えば第6話では「水戸藩の尊王」について解説した。慶喜(草彅剛、46)の実父である第9代水戸藩主の徳川斉昭(竹中直人、65)はどうして尊王だったのか。本編を見ているだけでは理由がよく分からない。すると家康がそれを見透かしたかのように解説した。

「きょうは私の息子を紹介させてください。11男の徳川頼房です。私が61歳の時の子供です。やんちゃでねぇ。7歳で常陸国水戸、25万石を与えました。水戸家は皇室を大事にした。毎年、領地で採れる一番シャケを必ず朝廷に届け、親密な関係を築いていた。頼房の息子、光圀も『主君は京の天子様である。徳川一門こぞってうやまうべし』と常々話していました」(第6話)

 水戸は最初から朝廷を敬っていたのである。それが分かった上、御三家である理由も知ることが出来た。

 もう1つの役割がこの大河の進行役。

「こうして日本中の若者に大きな影響をおよぼした尊王攘夷は多大な犠牲を払って終わりました」(第18話)

 これを登場人物にセリフで言わせようとしたら無理が生じる。シラケる。守本奈実アナウンサー(40)によるナレーションで処理しても興ざめになるだろう。

 ちなみに、北大路版の家康はキャラが思いっきり立っていて、印象が強いので、毎回登場しているように思えるが、実際には第19話(6月20日放送)までに2回休んでいる。第13話と第16話だ。無駄には登場しない。

 家康以上に幕末を分かりやすくしているのは大森さんだ。奇をてらわない歴史解釈と平明な構成が際立っている。例えば第16話、第17話、第18話で描写された「水戸天狗党の乱」(1864年)にもそれがよく表れていた。

 この乱は「幕末最大の悲劇」とも呼ばれるが、分かりづらいことこの上ない。どうして水戸の人間が尊王攘夷を訴える乱を起こし、それを同じ水戸の人間が討伐に動き、水戸出身の慶喜が鎮圧を図ったのか。歴史書を読んでもよく分からない。そもそも歴史書に詳細が載っていないこともある。

 それを大森さんは誰にも分かる形で描いた。以下の通りだ。おそらく膨大な資料を読んだ上で書いている。

(1)既に攘夷実行の気運は衰えていた(2)水戸学の大家・藤田東湖(渡辺いっけい、58)の4男・藤田小四郎(藤原季節、28)が実質的な首謀者だが、やや思慮に欠けていた(3)水戸藩では天狗党と対立する水戸諸生党が台頭していた(4)天狗党は京を目指していたものの、禁裏御守衛総督として京を守る立場だった慶喜はそれを阻止しなくてはならなかった。降伏した天狗党を慶喜は自分で預かりたかったが、許されなかった。

 結局、天狗党の352人は斬首された。国是だったはずの尊王攘夷を訴えようとしただけで死罪となったから悲劇とされている。

 それだけではない。大森さんは描かなかったが、何の罪もない天狗党の家族まで虐待・虐殺されている。なぜ、大森さんが描くことを避けたのか真意は分からないが、あってはならなかったことと考えたからではないか。

 大森脚本の特色が鮮明に表れているのは戦闘シーンだ。「西鄕どん」(2018年)などほかの幕末大河と比べ、極端なまでに戦いのシーンが少ない。天狗党が追討軍と戦うところの描写は一切なかった。長州の兵が御所に突入した「禁門の変」(第17話)も僅か約2分で終了した。

 大森さんはいかなる戦いも正当化、美化していないのである。

 戦闘のシーンが少ない分、幕末の複雑な人間関係の描写に時間が割けている。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年6月27日掲載

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