瑳川哲朗 降りるきっかけを失って演じ続けた「大江戸捜査網」の井坂十蔵

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第12回は、瑳川哲朗(1937~2021年)だ。

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 時代劇が好きな人なら、瑳川哲朗の名前を聞けば、「近藤勇」か「井坂十蔵」の名前が浮かぶと思う。文句なくこのふたつは当たり役だった。

 1937年、千葉県に生まれた瑳川哲朗は、早稲田大学在学中に演劇を志し、劇団青俳に入団。退団後、多くの映画、ドラマ、舞台で活躍した。洋画の吹替も多く、クリント・イーストウッド、ショーン・コネリー、ヘンリー・フォンダら名優を担当したことで知られる。

 初の近藤勇役は、67年のNHK大河ドラマ「三姉妹」であった。

 気丈な長女・むら(岡田茉莉子)、物静かだがしっかり者の次女・るい(藤村志保)、明るく活発な三女・雪(栗原小巻)、旗本の家の三姉妹と倒幕運動に突き進む青年浪人・青江金五郎(山崎努)を軸にした物語。“明治百年”の年に放送された大河ドラマ初の女性主役作品だ。

「三姉妹」の映像はわずかしか現存していないが、確認できる画像では、瑳川の近藤は太めの眉毛がきりりとして迫力がある。初時代劇作品とは思えない落ち着きぶりだ。しかも、顎が張っているところは近藤勇本人と似ているような。インタビューでは、当時、東京・三鷹にある近藤の銅像の前で、近藤の扮装をして撮影した写真が、本人に「似ている」と評判になったんだよと語ってくれた。

 69年のNHKドラマ「鞍馬天狗」にも近藤勇役で出演。近藤は鞍馬天狗(高橋英樹)の宿敵で、しばしば直接対決もするが、ともに国を思う剣の遣い手として、相手を理解しているのである。この年の「第20回紅白歌合戦」には、「鞍馬天狗」の出演者が役のまま出演。近藤勇もステージで殺陣を披露した。紅白に朝ドラや大河ドラマ以外のドラマ出演者がこういう応援出演をするケースはあまりない。それほど人気が高かったのだと思う。その後、71年、勤皇の志士に恋した淡路島出身の娘の数奇な運命を描いたTBSポーラテレビ小説「お登勢」にも近藤役で登場。折り目正しい近藤勇は、女性ファンも多かったのだ。

 もうひとつの代表作「大江戸捜査網」は、画期的な作品だった。

 70年に東京12チャンネル(現・テレビ東京)でスタートした第1シリーズは、旗本寄合席・内藤勘解由(中村竹弥)が指揮する隠密同心チームが江戸の悪を討つ。メンバーは、普段は遊び人姿でフラフラしている二枚目・十文字小弥太(杉良太郎)、クールな参謀役の井坂十蔵(瑳川)、探索係の芸者・小波(梶芽衣子)、威勢のいい女スリ・お七(岡田可愛)の4人。スターが1人で悪を倒す形式が多かったテレビ時代劇に、変装、潜入、張り込みなど、集団捜査という手法を取り入れたのは新しかった。また、出演者も30代は瑳川以外のみで、他の3人は20代。重鎮の主演作が多かった当時、この若さも新鮮だった。

 いよいよ悪の本拠地に乗り込む隠密同心が、夜の江戸の町の道を横一列で行進すると、「我命、我が物と思わず……(中略)死して屍、拾う者なし。死して屍、拾う者なし!!」の黒沢良による名ナレーション「隠密同心心得之条」が流れるのも定番。さらに「おのれ、何者!?」と怒る悪人たちに「隠密同心○○」「同じく○○」と全員が名乗る決めセリフシーンも人気となった。

 驚くのは、シリーズを重ねる中で、主役が杉から里見浩太朗、松方弘樹と変わり、他のメンバーもマイナーチェンジ、フルチェンジしても、井坂十蔵だけは約15年間ずっと出演し続けたこと。

 この点については、苦労があったという。俳優として同じ役を長く続けるとイメージが固定するため、杉良太郎が降板する際にいっしょにと申し出たのだが、それでは「大江戸捜査網」らしさがなくなるのでと制作側から強く留意された。そこで第2期の最中に「そろそろ……」と申し出たが、そのときすでに里見の交代が決まっていて、またタイミングを逃がした。

 考えてみると、時代劇全盛のこのころ、杉良太郎も里見浩太朗も松方弘樹も、東京で撮影される「大江戸捜査網」と京都の時代劇と掛け持ちしていた。週に2本のドラマを撮りあげるため、主役は大忙し。井坂十蔵の存在はスタッフから頼りにされたはずだ。結果、役に愛着もあり、多くのファンもいたことから、続投する決意をしたのだった。

 初期のころは、もうひとつの「苦労」があった。

「隠密同心の打ち合わせが湯屋でやることになっていて、女湯もある。あのころのテレビには裸も出てきましたから。目のやり場に困りましたよ(笑)」

 なお、名物の名乗りのシーンでは、二番手ゆえにいつも「同じく井坂十蔵」と言い続けてきたと思っていたが、「一度か二度は、『隠密同心、井坂十蔵』と名乗ったことがありました」とのことだった。

 井坂十蔵は84年、左文字右京(松方)とともに江戸を去ったが、続いて始まった新たなシリーズでは、主役の飛脚の新十郎(並木史朗)、銀次(三浦浩一)、流し目のお紺(佳那晃子)、榊原長庵(橋幸夫)とともに、瑳川哲朗が隠密支配・日向主水正の役で登場。ファンを驚かせた。

 2015年、実に23年ぶりにスペシャルドラマとして「大江戸捜査網」が復活したときは、「6代目主役としてスピード感を意識した」という十文字小弥太(高橋克典)、井坂十蔵(村上弘明)ら新生隠密同心を盛り立てようと、2代目主役の里見、かたせ梨乃、山口いづみら、過去に隠密同心を演じたレジェンドたちが、さまざまな役で出演。瑳川は田沼意次として堂々の貫禄を見せて、またまたファンを楽しませた。

 こどものころから「大江戸捜査網」好きだった私は、当然のごとく瑳川哲朗=時代劇俳優と信じていたので、ある日「ハムレット」の舞台に出演していることを知り、とても驚いたことがあった。そのことをご本人に告白すると、大笑いをされ、「ちょんまげの人が突然、外国人になってるんだから、びっくりするよね。でも、本来、僕はシェイクスピアとか西洋古典演劇が好きなんですよ」

 私が話を聞いたのは、瑳川さんが設立した劇場「シアターVアカサカ」であった。演劇を愛し、心を尽くした人だった。「みかん食べませんか」と出され、長時間気さくに話してもらえてうれしかった。この人柄が、局長や名参謀役でも活きたのだと思う。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年6月19日掲載

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