「五輪入国が原因で増える都内の感染者は1日15人」というシミュレーション “感覚重視”尾身会長の問題点

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「科学」ならぬ「感覚」で国民を煽る分科会の尾身茂会長。東京五輪にも同じ姿勢でケチをつけたが、五輪での入国では感染はさほど広がらないという不都合な真実が突きつけられた。一方で、厚労省の支援で治療薬の開発にも拍車がかかり、コロナが風邪になる日も近いか。(6月21日追記:記事内の一部表現を修正しました)

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「いまの状況でやるというのは、普通はない」。東京五輪について、6月2日の衆院厚生労働委員会でそう言い放ったのは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長(72)だが、「普通」とはなにを意味するのだろうか。

 科学者なら、「普通」であるかどうかを問題にする前に、「普通」を定義すべきだが、それをしない以上、主観的な言説だと判断されても仕方あるまい。

 現在、五輪への反対意見の多くが感情論に支配されている、という指摘がある。感染対策の元締めたる尾身会長自身が、根拠が定かでない主観論を口にするのだから、五輪をめぐる議論が、客観的なデータをもとに便益と危険性を比較考量する建設的な方向に向かわないのも、無理はない。

 その尾身氏は、五輪への提言について「なるべく早い時期にしっかりしたものを作る」と、11日の衆院厚生労働委員会で発言したが、では、いままでなにをしていたのだろうか。

「尾身さんは五輪について提言するなら、1年前に言うべきでした」

 と話すのは、元JOC参事でスポーツコンサルタントの春日良一氏である。

「昨年、それまでにウイルス対策をしっかり行うという前提で、五輪を1年延期したのです。そのために政府がなにを行うべきか、尾身さんたちが提言すべきでした。ところが、現実には医療体制が整備されず、ワクチンの確保や治療薬の開発が遅れたまま、五輪が迫っている。それを棚に上げ、いまになって発言することに矛盾を感じます。尾身さんは6月20日までに提言を出すそうですが、IOC側は2月にプレイブック(感染対策マニュアル)の初版、4月に第2版を出し、感染対策を細かく提言していました。そこではなにが足りず、どこを変えていくべきだ、と提言するなら建設的な議論になりましたが、時間があったのに、それはまったくしていません」

 では、なぜいまごろ、こんな発言をするのか。

「昨年9月から五輪のためのコロナ対策調整会議が始まっている。尾身さんたちが見解を示す機会もあったはずです。その責任をとりたくないのでしょう。世間の目が五輪に厳しく、なにも発言しないままでは立場がなくなると恐れ、問題が起きたときに、“事前にこう言ったじゃないか”と言い訳できるように準備したとしか思えません」

 実は、尾身会長の発言には、政府内にも怒り心頭の人が少なくない。その一人が加藤勝信官房長官で、さる官邸関係者が言う。

「分科会の専門家は、どの競技がどこで行われ、それで人流がどう変わるか、なにも知らない。それでなにを提言できるのか。五輪はほかのイベントと違うというが、五輪の野球とプロ野球とでは、どこがどう違うというのか。全国から東京に人が集まるというが、五輪は7割が近県の観客。それに外国から人が来ても特別に感染が広がるわけではない――。長官は番記者たちにそんなふうに語り、あるシミュレーションを見るように言いました」

 それは東京大学大学院経済学研究科の仲田泰祐准教授らのグループが、5月下旬に公表したシミュレーションで、ざっとこんな内容である。

 選手1万5千人、大会関係者7万8千人に、報道関係者なども加えると、五輪の期間に海外から、10万5千人が入国すると仮定。彼らのワクチンの接種率を50%として試算すると、五輪による入国が直接の原因となって増える都内の1日の新規感染者数は平均15人程度。「入国、滞在の影響は限定的」だという。

 また、このシミュレーションでは、海外の選手らが、日本の居住者と同様に行動すると仮定しているが、現実には「選手らは選手村などである程度隔離されるため、影響はより小さくなる可能性がある」という。

 たとえ平均15人でも増えたら怖い、という意見もあるだろう。だが、65歳以上の高齢者へのワクチン接種が、五輪開催までにほぼ終われば、感染者が多少増えても重症者は増えない。医療逼迫を心配する必要はなくなるはずである。

感覚に基づく尾身氏の発言

 仲田准教授らも、パブリックビューイングなどによる人流増加には警鐘を鳴らしている。だが、定量的な分析により、「まったく事実に基づいていないかもしれない強い思い込みによって、他人を不本意に、不必要に傷つけてしまう可能性は多少減少するかも」と考えているところが、政治的意図を背景に主観で煽る尾身会長とは違うようだ。

「増加が予測される感染者数が少ないというのが率直な印象です。仲田准教授のシミュレーションは、4月に出されたプレイブック第2版をもとにしたもの。6月15日に出た第3版の感染対策は、さらに厳しくなっています」

 と、スポーツライターの小林信也氏は語る。

「五輪に強く反対する人たちの主張はかなり感情的で、不安な気持ちや政府への憤りが募っての発言だと感じます。一方、この試算の数字を見ると冷静になれます。漠然と“人流が危険だ”と言われてきましたが、尾身会長ら感染症専門家の指摘の根拠が曖昧だとわかりました。本来、東京五輪をやるべきかどうか議論する際は、やらなかったときの影響を合わせて考える必要があるはず。ところが、感染症の専門家の意見だけが絶対視され、感染への不安ばかりが先行して、中止したときにスポーツや国民生活に与えるデメリットが、まったく議論されていません。そんな状況下で、多様な分野の専門家の意見を総合的に聞くよい機会になればと願っています」

 標的の「人流」も、

「五輪だけが特別、という曖昧な主張が幅を利かせていましたが、組織委員会は、観戦チケットを持っている7割以上は、競技が開催される地域の人たちだと把握し発表しました。五輪は全国から人が集まる、という尾身さんの主張に根拠はありませんでした。“普通はない”という尾身さんの発言は、専門的、科学的な考察ではなく、座長という権威をふりかざした感情的な言動で、冷静さを欠いているように思います」

 東京大学名誉教授で、食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏が継いで言う。

「大きくなった尾身さんの態度に、政府の方々は不満や怒りを抱いていることでしょう。尾身さんは国会で、“自分はリスクの程度を科学的に評価するだけで、政策を決めるのは政治だ”と発言しましたが、言っていることとやっていることが全然違う。五輪やパブリックビューイングの可否についてまで、一線を踏み越えて発言しています」

 だから「“それは政治が決めることで、あなたが決めることじゃない”と怒るのは当然」と、加藤官房長官や菅義偉総理に、一定の理解を示すのだが、話はそれほど単純ではない。

「尾身さんの発言が、科学に基づいていると信じている人が多数でしょうが、実は、彼の感覚に基づいていることが非常に多い。日本では、感染防止のための私権制限やロックダウンができません。自粛させるしかないので、変異株がどうの、医療崩壊がどうのと、恐怖感を煽ってきました。科学の話をせず、感性に訴えるのが尾身さんのやり方です。ただし、そうした現状を作り出したのは政府自身でもあります」

 どういうことか。

「安倍晋三前総理は一斉休校やマスク配布が、科学的な根拠はあるのか、と野党や国民から叩かれると、自信を失くしたのか、感染対策を専門家会議に丸投げしました。結果、尾身さんが総理大臣と並んで記者会見するまでになり、尾身さんの態度もどんどん大きくなっていきました。しかし、それは政府の責任です。政府が諮問機関にすぎない分科会の意見なしには、政策決定できなくなってしまった。政府が尾身さんを“信頼できる人”に仕立ててしまったのです」

 だから、加藤官房長官らにとっては、自分が作ったロボットに復讐されるSF劇さながらの状況だが、私たちは感性や主観に惑わされず、冷静でいたいではないか。仲田准教授らのシミュレーションは、その一助になるはずである。

 ほかにも、冷静に五輪を眺めるのに役立つ材料を提供したい。UEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグは、5月29日にポルトガルのポルトで決勝戦が行われたが、1万6千人の観客は肩を組んで応援し、試合後は各所で乱痴気騒ぎになった。だが、

「マナーのよい日本のサポーターと違い、マスクもせず荒々しく応援している人が多いのに、現状、大きなクラスターは発生していないようです」(スポーツジャーナリストの加部究氏)

 現在開催中の欧州選手権は11カ国で開催され、ほぼ満員の会場でさらに騒いでいるケースもある。

 また、厚生労働省が6月4日に発表した人口動態統計では、2020年の死亡数は137万2648人で、前年より8445人減った。特に肺炎が原因の死亡は1万7073人も減少。厚労省はマスクや手洗い、うがいの励行が奏功したとみる。要は、このコロナ禍、命はむしろ守られている。五輪に関し、ベネフィットを見ずにリスクだけを優先するべき状況だろうか。

週刊新潮 2021年6月24日号掲載

特集「スポットライトの『尾身会長』には不都合な真実」より

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