「終活」は本当にすべきか 遺族の本音、相続トラブル、「遺言信託」のワナ

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罵詈雑言が飛び交う

 相続問題に詳しく「終活弁護士」として活動する伊勢田篤史氏によれば、

「自筆の遺言書ですと、少しでも形式が間違っていたら無効になったり、遺言者が高齢だと死後に意思能力が問われたりするケースもあります。公証役場で作成すればそのようなリスクを軽減できるので、少々費用がかかっても公証役場で遺言書を作成することをオススメします。ただし、公正証書遺言でも当然ながら揉めるケースはあります。あまりに遺族の心情を無視した遺言書だったりする場合などです。たとえば過去に、高齢で余命わずかと診断された男性が、亡くなる1カ月前に交際していた女性と籍を入れ、妻に『全額相続させる』と記した公正証書遺言を作成していたことがありました。ところが、この男性は死別した前妻との間に2人の子がいた。彼らと後妻との遺産等をめぐる話し合いは、罵詈雑言が飛び交う“修羅場”と化しました。子供らは遺留分を請求して争いました。遺留分とは、一定の相続人に対して法的に保障される相続財産の割合のこと。遺留分は非常に強力な権利ですので、裁判となっても侵害された分の請求は認められます。こうした裁判は1年以上かかることもザラで、私の経験上、故人が裕福かどうかはあまり関係ない。そこまで遺産がなくても、相続する遺族の懐事情次第でいくらでも揉める可能性があります。なので、まずは自分の財産がどれくらいか算出して、揉めるリスクを把握する。その上で生前から家族間で相談し、相続人の心情等に寄り添った形の遺言書を作成できれば安心なのではないかと思います」(同)

 遺族間の争いを防ぎたいと思うのは親心。とはいえ手続きを面倒に感じるのもまた事実で、こうした遺産の管理や遺言の執行を代行する「終活ビジネス」が隆盛しているという。だが、そこでもさまざまなトラブルが起こっていたのだ。

「遺言信託」「身元保証サービス」の罠

「最近は金融機関が遺言の作成や保管、執行を担う『遺言信託』というサービスもありますが、『終活』が稼げるキーワードと化している印象を受けます」

 とは、経済ジャーナリストの荻原博子氏だ。

「大手をはじめ金融機関はどこも低金利で経営が厳しく、手数料の取れる金融商品で稼ぐしかない。遺言信託の手数料も、100万円を超えることもあるなど非常に高く、安いものと感じる方でない限り契約する必要はありません」

 たとえばさるメガバンクの商品案内を読むと、遺言執行報酬が最低でも165万円、取扱手数料33万円、中途解約金22万円など目が点になる数字が並ぶ。

 それでも面倒な手続きをやってくれるなら安心とばかりに、高齢者が頼んでしまった結果、トラブルになるケースが増えている。

 独立行政法人・国民生活センターの担当者に話を聞くと、

「遺言信託では“近所の皆さんも契約していますよ”と熱心に口説かれ、強引な勧誘を受けて家族に話をせず契約してしまったという相談が寄せられています。昨年10月に60代男性から受けた相談では、ある金融機関の担当者から“将来の遺産相続について考えた方がいい”とかなり強引に勧誘された。仕事中も休日も電話がひっきりなしで根負けしたが、解約したいというものでした。昨年11月に相談を受けたケースでは、高齢の母親が解約を望んでいたが、施設に入所してしまい代わりに子供が金融機関に連絡を入れたそうです。ところが、相手は“子供では解約できない”と言って話を聞いてくれない。困っているという内容でした」

「ブラックボックス」

「終活ブーム」と相前後して、国民生活センターへ相談が寄せられ始めているのが、主に高齢者をターゲットにした民間事業者の「身元保証サービス」だ。

「このサービスは、日常の生活支援や病院で手術をする際の身元保証を代行するサービスですが、契約内容に葬儀や死後の事務手続きなどが含まれていることもあります。そのことを家族に知らせず高齢者が契約して、死後に遺族が気づいて相談に来るケースが多い。日常生活を管理する名目で、契約者が通帳や印鑑をサービス事業者に預けてしまい、内容不明のお金が毎月引き落とされていたという事例もありました」(同)

 今年2月に60代女性から寄せられた相談も、葬儀に関連する内容だった。

「一人暮らしの父親が亡くなったが、生前にさるNPO法人と『見守りサービス』の契約を交わしていた。入会金30万円、事務手数料5万円、月会費5500円などを支払っていたことが死後に判明したが、返金してもらえるのかという相談でした。契約書には死亡後に葬儀も行うという話だったのに、そのサービスは提供されず遺族が全て対応した。となれば、生前の『見守りサービス』も行われていなかったのではないかとの疑いが生じたそうです」(同)

 自身も高齢者のライフサポートを行っている前出のLMN代表の遠藤氏は、

「親族に頼りたくないと第三者に身元保証を求める高齢者の方は結構います。『終活支援』と称するサービスでは、葬儀や墓にかかる費用を生前に預かるところもあり、プランによっては二、三百万円かかる場合がある。ところが遺族は契約しているとは知らず、死後に事業者に連絡をせず葬儀をしてしまった。契約書には亡くなった際はご一報くださいと書かれていたので後日の返金は望めない、というトラブルも耳にします」

 中にはこんな悪質なケースもあるから注意したい。

「余った遺産を事業者の団体に遺贈する契約プランもありましてね。今年1月には、名古屋地裁で高齢者の『死後贈与契約』は“公序良俗に反し無効”という判決が下されました。まだまだ終活業界はブラックボックスな部分があり、不透明な契約があることを知っていただきたいですね」(同)

 先の荻原氏はこう話す。

「安易に不要なサービスを契約していないか見直すべきですが、これは『終活』というよりも人生を賢く生きる上での手段に過ぎません。死後の準備にあくせくするより、あとのことは遺された人に任せて、やりたいことに思いっきり打ち込むことが老後を過ごす上で一番大切で、幸せになれる秘訣だと思うのです」

 思い立ったが吉日。死んでからではもう見直せないのだ。

週刊新潮 2021年5月20日号掲載

特集「どうする『終活 』 死んでからでは見直せない失敗に学ぶ『死後の準備』」より

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