三浦友和×林真理子 誰にでも降りかかる「引きこもり」と「介護」の親子問題

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 読書家で知られる俳優は「引きこもり」を扱った小説に何を感じ取ったのか。ともに山梨県出身の三浦友和さん(69)と『小説8050』を刊行した林真理子さん(67)が自身の家庭を顧みつつ、親子関係を語り尽くした。誰しも直面しかねない難題への処方箋とは――。

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〈本誌(「週刊新潮」)連載中から大きな反響を呼んだ林真理子さんの新作長編『小説8050』が刊行された。「まるで、自分の家をみているようで、連載中は毎回号泣」「主人公・正樹の悔恨に胸を打たれ、10年越しで息子に謝ることができた」といった読者の声が多数寄せられたが、「寝る前は本が欠かせない」という大の本好きである三浦友和さんに感想を尋ねてみると……。〉

三浦 『小説8050』、眠れなくなるくらい面白かったです。

 ありがとうございます。週刊誌の連載なので、「8050問題」という社会的なテーマに取り組んだのですが、引きこもり家庭の取材や裁判用語の勉強など、執筆中は本当に辛かったです。

三浦 引きこもりの子どもがいる家庭の描写がリアルで、とても他人事(ひとごと)とは思えませんでした。この問題を小説にする際、父親を主人公にしたのはどうしてですか?

 一昨年に起きた、元農水事務次官が息子を殺害した事件が衝撃的でした。真面目に生きて積み上げてきたものが、子どものせいで全て失われてしまうという恐怖は、誰にとっても他人事ではありません。80代の親が50代の子どもの面倒を見ることの大変さや悲惨さを描くだけではなく、小説らしい展開があるとしたら、農水事務次官の事件のように行動を起こす父親がポイントになると思いました。三浦さんは、頼りになるお父さんの役をよく演じられていますよね。

三浦 そうですね。理想的な父親役が多かったと思います。家族のことを理解していて優しい……実際にそういう人はいないですよね。僕だって、家ではパジャマ姿でウロウロしているだけですよ。

 三浦さんのお父様はどんな方だったのですか? 私と三浦さんは同じ山梨県出身で、お父様が警察官でいらっしゃったことは地元では有名でした。

三浦 父は山梨県の塩山市(現・甲州市)で駐在所勤務をしていました。僕が小学3年生の時、会社員に転職し、環境の違いにかなり苦労したと聞いています。仕事のストレスからか、母とも喧嘩が絶えませんでした。僕はそんな家にいるのが嫌で、18歳で家出しました。今では「引きこもり100万人時代」といわれますけれど、当時はパソコンもスマホもないので、部屋にいてもぜんぜん面白くなかった。

 自分の部屋なんてなかったし、住宅事情が今とは違っていましたよね。山梨の暑さの中でエアコンのない部屋に引きこもるなんて無理。

三浦 50年前はみんな貧しかったから、働かないといけなかった。引きこもるという発想が生まれなかったのでしょう。

「籤(くじ)みたいなもん」

〈『小説8050』の主人公は50代の歯科医・大澤正樹。従順な妻と優秀な娘に恵まれ、完璧な人生を送っているかに見える彼には秘密があった。難関中学に合格し、医者を目指していたはずの長男の翔太が、いじめにより7年間も部屋に引きこもったままなのだ。翔太の姉の婚約を機に、正樹は息子と向き合う決意をするが――。小説を読んだ三浦さんは自身の中学時代の思い出をこう語る。〉

三浦 小説では、息子が引きこもるようになった原因が中学時代のいじめだったので、僕が山梨から東京に転校してきた時のことを思い出しました。

 こんなに見目麗しい三浦さんをいじめる子なんていたんですか。もしかして、甲州弁のせい?

三浦 東京に引っ越してから、国語の時間に「くじら」という言葉を東京とは違うイントネーションで読んでからかわれました。こんなこともいじめのきっかけになったりするのかもしれませんね。幸いにもそうはなりませんでしたけど。

 わかります。私は中学生の時にクラスの男子2人にものすごくいじめられていました。無視や仲間外れは当たり前で、画鋲を仕込んだ手でぎゅっと手を握られたりしたこともありました。あまりに昔の話だから心の傷にはなっていないと思っていたら、先日、実家で当時の卒業アルバムを見つけた時に、怒りと悲しみが一気にぶり返しましたね。寄せ書きにひどい悪口が書いてあったんです。

三浦 怒りのあまり、アルバムを燃やしたりしなかったんですか?

 昔のアルバムだから、金属の留め具を使っているんです。燃えるごみに出せず、きちんと分別して捨てました。親が見たら悲しむと思ったので、わざわざ東京に持って帰って……。

三浦 いじめは被害を受けている当事者にとって深刻な問題ですよね。

 娘が中学生の時に「ママのことでいじめられたりしてない?」って訊いたら、「今どきの中高生でママのこと知っている子いるわけない」って言われて、「ああ、そう」って(笑)。

三浦 そこまではっきりと言われてしまうと、親としては逆に痛快でしょう。

 この間やっと大学を卒業しましたが、卒業式で友達とはしゃいでいるのを見て、本当に嬉しかったです。いい友達がいて、楽しい青春を送ったんだって。親である私に何を言ってきても、幸せな笑顔を見せてくれるだけでもう充分だと思いました。かつて、三浦さんの次男で俳優の貴大(たかひろ)さんに雑誌でインタビューさせていただいたのですが、すごく明るくて楽しい方でした。有名人同士のご夫婦だと、大変なことが多かったのではないですか? どこへ行っても騒がれる生活で、お子さんたちがきちんと育つのはすごいことですよね。

三浦 息子から、親が芸能の仕事をしているからいじめにあったとか、直接聞いたことはありません。小さいころは親のことでいろいろ言われることはあったのかもしれませんね。でも、両親と同じような職業を選んだのだから、生き方を否定されてはいないんだな、と思っています。小説で一番印象に残っているのが「子どもの出来なんて、籤みたいなもん」というセリフです。本当にその通りで、親が何かをしたから、あるいはしなかったから、子どもが無事に成長するというものではない。それは自分が子育てをしてきてとても強く感じています。

 子育てをしていると、家庭で親ができることを日々考えさせられますよね。小説の中で父親の正樹は翔太の引きこもりが長引き、このままでは「8050問題」が自身に降りかかるかもしれないと一念発起し、家族と向き合っていきます。

三浦 小説を読んでいると、正樹が家族のことを真剣に考えていくにつれて、正樹の妻・節子の性格がきつくなっていくのが怖かったです。林さんの『下流の宴』(文春文庫)を読んだ時にも思ったのですが、女性は長年溜め込んだものを一気に爆発させる傾向があるのでしょうか。

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