「前立腺がん」30年で17倍に激増 「肥大症」放置で人工透析のリスクも

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 がんの部位別罹患数、男性の1位は前立腺だ。その数は驚くべき勢いで増え続けてきた。肥大症も含め、加齢とともに誰もが直面する前立腺の問題は、甘く見ると健康に深刻な打撃を与えかねない。病にどう向き合うべきか、最新の治療法は? 知っておいて損はない。

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 各種の調査統計によると、「前立腺がん」の罹患数は増加の一途を辿っている。

 その勢いたるや「激増」という表現を使っても差し支えないくらいだ。

 少し前の資料だが、「がん・統計白書 2012」のデータを見ると、1982年にはその数、4362人。これが10年経った92年には倍の9855人に。さらに10年後の2002年に2万9345人を数え、12年にはじつに7万3145人と、30年間で約17倍にも増えている。

 国立がん研究センターが20年に公表した、17年のがん罹患者の数字でも、男性における部位別の1位は前立腺、2位は胃、3位は大腸。以下、肺、肝臓と続く。“堂々のトップ”なのである(女性は1位から乳房、大腸、肺、胃、子宮の順)。

 前立腺は男性の膀胱のすぐ下にあり、尿道の付け根部分を取り巻いている。重さは約20グラム。栗の実に似た形で、真ん中を尿道が通る。生殖上、一定の重要な役割を果たすのは知られたところだが、生殖機能が衰えはじめる40代あたりからさまざまなトラブルを来すこともまた、広く認知されている。

 そのひとつが前立腺がん。

 では、なぜこれが急増しているのか。東京慈恵会医科大学(東京都港区)の三木健太・泌尿器科診療副部長によると、

「理由は、大きく分けて三つ。まずは急速な高齢化、次に動物性脂肪の摂取増など食生活の欧米化、さらに腫瘍マーカーの血液検査、いわゆる『PSA検査』の一般化、この3点が挙げられるでしょう」

 長く生きれば、悪性腫瘍の発現可能性も高まる。超高齢社会で検査数を増やせば、罹患者の把握数も増える、という理屈だ。

 それなりによく耳にする話とはいえ、聴くほどに恐れをなす人も多かろう。

 だが、三木氏が続けるには、

「部位別死亡者数、すなわち死因となったがんとしては、男性は上から肺、胃、大腸、すい臓、肝臓で、前立腺はこれらに次ぐ6位と順位は低い。他にこんなデータもあります。前立腺がん以外の理由で亡くなった80歳以上の男性の解剖所見では、半数以上に前立腺がんがあったという報告です。その人たちは前立腺がんを患っていても、命に別状はなかったと言っていいわけです」

 なるほど、前立腺がんを即、身体に対する重大脅威と過大に捉えるべきではないようで、

「がんは早期発見・早期治療が大事なのは確かですが、前立腺がんは必ずしも早期治療に移行するのがベストとは限りません。進行が遅いため、うまく付き合えば無用な手術や治療をせずに済むことが少なくないのです」(同)

 前立腺がんが60歳で見つかり、その後20年も監視療法を続けて何ら問題なかった人もいるという。

 もちろん、だからといって油断はならない。

「前立腺がんは自覚症状が出にくいので、身体の異変に気付いたときにはかなりがんが進行していたり、行うべき治療の選択肢が限られてしまっていたりします。骨やリンパ節に転移して痛みが生じ、検査を受けたらステージ4だった、なんていうことも」

 ゆえに現場ではより有効な治療法が日々模索されているわけだが、目下、最新のものと位置づけられるのが三木氏の専門とする「凍結療法」である。

多くは「経過良好」

 三木氏によると、

「前立腺がんに放射線治療を施したものの、再発してしまった患者さんがいたとしましょう。もはや手術は困難で、放射線の再照射も適応できない。となるとホルモン治療の出番となることが多いのですが、副作用も懸念され、そもそも局所での小さな再発にホルモン治療を行うことは、本来避けたいわけです」

 そうした状況に何より凍結療法は適しているという。

「凍結療法では、専用の針を会陰部から挿入し、高圧のアルゴンガスを注入して針先にアイスボールをつくり、再発部位だけを凍結させます。肛門から入れた超音波装置でそのアイスボールをモニタリングしながら、専用のカテーテルで温水を還流し、尿道が凍結しないようにも注意します」

 手術時間は約3時間。病巣部を15分ほど凍結後、解凍させるという施術を2、3サイクル行い、がんを破壊、死滅させる。健康保険が適用されず、費用は150万円ほどになるそうだが、

「出血が少なく、患者さんの回復も早い。2015年秋から慈恵医大で専用機器を導入して実際に治療を始めており、これまで行った19例の手術のうち、14例は経過良好です」(同)

 現状で費用の問題は残るにせよ、患者にとって有効、有力な手段が用意されているに越したことはあるまい。

 三木氏は、前述の腫瘍マーカー検査「PSA検査」の大切さを説く。

「症状が出にくい前立腺がんだからこそ、PSA検査を受ける意義があります。50歳を過ぎたら受けたほうがいい。採血だけで済みますし、検査料も2千~3千円程度。もし見つかっても治療が必要ないレベルであるケースも多く、だからこそ過度な心配をせずに泌尿器科を受診してほしいですね」

 一方、同じく前立腺に関係する疾患で「前立腺肥大症」ははるかに“なじみのある”ものだろう。なにしろそれは、加齢とほとんど相即不離だからである。

「前立腺は歳をとるにつれ、大きくなります。なぜなら、加齢のせいで細胞一つ一つの表面が緩み、細胞が丸く太ってしまうからです」

 と教えてくれるのは恵佑会札幌病院(札幌市)の河野義之・泌尿器科部長だ。

「前立腺は通常およそ20グラムで栗の実ほどのサイズですが、肥大するとミカンくらいの大きさになり、尿道を圧迫します。そのせいで尿の出が悪くなったり、下手すると尿が出ずに腹部がパンパンに膨らんでしまって、救急車で病院に運び込まれるなどといったこともある。ひどい場合には膀胱破裂に至り、緊急手術を要する例もあるほど。膀胱から尿が逆流して損傷を受けた腎臓が機能不全を起こし、透析を受けなくてはいけなくなった方もおられます」

 そこまではいかずとも、尿のキレがよくないぞ、なんだか最近トイレが近いな、といったことに覚えのあるムキは、よくよく注意したほうがよさそうだ。

「前立腺肥大症は少しずつ進行するので、なかなか気付きにくくもあるのです。尿に勢いがなくなったとか、公共のトイレで隣りに立った人より用を足す時間が長いように感じるとか、そういう自覚は目安のひとつ。また肥大した前立腺が常に膀胱を刺激するので、尿が近くなります。1時間ごとに尿意を催すとか、夜中に3回も4回もトイレに行きたくなるとか。そういったケースもやはり前立腺肥大症を疑っていい」(同)

全額保険適用で

 広く加齢現象の一つとはいえ、日常生活に支障があったり、先述の救急搬送や腎臓障害のような“事故”に至るおそれもあるなら、手術という選択肢も視野に入ってくる。

 河野氏によると、最も一般的なのは「TUR-P」という手術だそうだ。

「これは内視鏡を尿道から挿入し、肥大した組織部を電気メスで削るというもの。主流ではありますが、前立腺は血液のめぐりがいいところなので、多量の出血を伴うというデメリットも。その際は輸血を行うのですが、排尿改善のために輸血まで必要とする手術を受けることに抵抗のある人もいるでしょう」

 そこで近年はレーザーを用いた手術が台頭してきた。出血量を抑えられるからである。

 河野氏が解説してくれる。

「前立腺をミカンだとすると、ミカンの実にメスを入れれば当然、果汁があふれだしますよね。そこで『HoLEP』という技術が開発されました。先端0・5ミリほどのごく細いレーザーを皮と実の間に入れ、肥大した実の部分を剥がしてやる。露出した血管を根元で処理することで、出血を抑制できるわけです」

 すでに導入されて20年経つこのレーザーを用いた技術を、さらに発展させたものが「PVP」という手術法だ。

「レーザーが血液に吸収されやすいという性質を利用したものです。患部にレーザーを当てますね。するとこれを吸収した血液がどんどん蒸散してくれるので、血を出さずに手術を進められる。ただし、欠点もありました」(同)

 レーザーが非常に細いせいで、患部を退治するのに長い時間がかかってしまうことだという。

「そこで、さらなる改良を加えたのが『CVP』という手術です」

 と河野氏が続ける。

「これはレーザーの先端がPVPよりも太くなっていて、しかもレーザーの波長を変えられるために、血液だけでなく水分にも吸収されるようになっている。組織細胞は血液と水分を含んでいますから、それらを同時に蒸散させることで、CVPは簡単に言うと倍の力を発揮できるというわけです。結果、手術時間は短くなりますし、より大きな部位を相手にもできる」

 TUR-Pに比べて手術時間はざっと半分、平均30分~1時間ほどに短縮。退治できる患部の重さもTUR-Pが50グラムほどを限界としていたのに比べ、約4倍の200グラムを超えるものも可能だという。

「入院期間もTUR-Pで2週間くらいだとすると、CVPなら3泊4日ほどです。全額保険適用にもなります」(同)

 日本に入ってきてまだ5年の技術だが、手術のための設備も徐々に普及が進み、すでに全国で60台ほど導入されているとか。

 河野氏は言う。

「前立腺肥大症に長年悩まれてきた患者さんほど、CVPの説明を聞くと手術を即決されますね。早期の社会復帰が望めて後遺症も少ないCVPは、生活の質を大きく改善してくれます」

 中年にさしかかろうとする、あるいは老境を迎えた男たちにとって、無縁だ、無関係だなどと言っていられない前立腺の、時に哀しく、時に深刻きわまる諸問題――。

 安全、安心な医療技術の進化がこれほど望まれる分野もない。そう言っても過言ではあるまい。

段 勲(だんいさお)
ジャーナリスト。宮城県出身。週刊ポスト記者を経て、独立。社会・宗教・健康関連を中心に取材を行う。著書に『千昌夫の教訓』(小学館文庫)などがある。

週刊新潮 2021年5月6日・13日号掲載

特別読物「『がん』は30年で17倍に激増 『肥大症』放置で人工透析にも… 『前立腺』治療の最前線」より

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