コロナ担当職員が378時間の残業 霞が関「ブラック職場」の恐ろしい実態

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「官僚」と聞いて思い浮かべるのは、接待や天下り、高給取りといった言葉かもしれない。だが、その実態は我々のイメージと大きく異なる。過労死レベルの長時間労働を強いられ、離職者が急増する霞が関のブラック職場化に、元厚労省官僚の千正康裕氏が警鐘を鳴らす。

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 西村康稔・経済再生担当大臣のもと、新型コロナ対応を統括する内閣官房「新型コロナウイルス感染症対策推進室」。この通称「コロナ室」に勤務する職員のひとりが、今年1月の1カ月間だけで、約378時間もの残業を余儀なくされていた事実が明らかとなった。

「コロナ禍なのだから、官僚が忙しいのは当たり前」と感じる読者もいるかもしれない。だが、月の残業が378時間というのは、土日祝日を含め、ほとんど睡眠時間もとらずに仕事を続けているような異常な状況である。コロナ室全体でも、1月の平均残業時間は約122時間にのぼる。これは、いわゆる過労死ラインとされる月80時間をはるかに超える水準だ。

 国家公務員や官僚と聞くと、高給取りで悠々自適なエリートをイメージされる方も少なくないのではないか。しかし、霞が関の官僚たちの長時間労働は今に始まったことではない。実は、霞が関は凄絶なブラック職場であり、今や崩壊の危機に瀕しているのだ。

 人事院が公式に発表している国家公務員の残業時間は月平均30時間程度である。だが、この数字は実態と大きくかけ離れている。というのも、官僚たちの残業手当は予算によって最初から部署ごとの総額が決められており、その上限を超える残業は“なかったこと”にされるからだ。

「官僚の働き方改革を求める国民の会」が2019年に行った、現役官僚・元官僚を対象にしたアンケートでは、“過労死ライン”を超える長時間労働をした職員は4割を上回っている。筆者自身も長らく厚生労働省の官僚として働いてきたが、国会対応がなく比較的余裕のある時期でも、月80時間ほどの残業をこなしていた。それなりに忙しい時期で80~120時間。最も忙しい時期の残業は150~200時間に及ぶ。

 河野太郎・国家公務員制度担当大臣は、“ブラックボックス”になっている官僚の長時間労働の実態を明らかにするため、各省庁の昨年10月、11月の在庁時間を調査するよう指示した。その結果、20代の官僚の実に約3割が、過労死ラインを超える長時間労働をしていたことが分かった。

 こうしたブラックな職場環境で働く20代のキャリア官僚の離職率は近年、急激に上昇しており、2013年度の25人が19年度には104人に。直近の6年間で4倍にも膨れ上がっている。ここ2~3年はその傾向がさらに顕著だ。

 離職者の増加もさることながら、その傾向にも大きな変化がある。かつては、学生時代の一定期間を試験勉強に費やして難関の公務員試験を突破し、ある意味で将来を約束された存在だった官僚たちは、ほとんど離職することはなかった。若くして転職する人はいたが、それはどちらかというと、仕事についていけなかったり、体を壊したりする例外的なケースだった。しかし、ここ数年で離職した若手官僚たちは、明らかに以前と異なる。官僚として一生懸命に働き、成果を出してきたエース級の職員の離職が相次いでいるのだ。

 このままでは霞が関は崩壊し、国民の期待にこたえられなくなってしまう。そうした危機感を抱いた筆者は、2019年9月末をもって厚生労働省を44歳で退官し、以来、霞が関の改革を訴え続けている。

“不夜城”

 この時代、一度就職したからといって、一生同じ組織で勤め上げるだけが人生ではないと思う方もいるかもしれない。中途採用などで新たな人材を確保すればよいと考える方もいるだろう。確かに、離職者が一定数いても、新しく優秀な人材が入ってくれば、人手不足によるミスの多発で国民に迷惑をかける事態は防げるだろう。だが、問題はそう単純ではない。

 実は、「緊急事態宣言」延長を発表した3月5日の記者会見で、菅総理は“ブラック霞が関”と呼ばれる過酷な環境のなか、若手官僚の離職が増えていることについて問われ、「若手の離職は残念だが、一度辞めた人が同じ省に戻ってくる人がいることも事実」「流動性が大事」という趣旨のピントのずれた回答をした。この記者会見の様子を見ていると、菅総理は手元のメモに目を落とさず話しており、回答も官僚が事前に用意したものとはとても思えない内容だった。つまり、アドリブで答えたと思われる。それだけに、総理がこの問題を改善すべきだと認識していないことが浮き彫りになってしまった。

 この問題は総理が考えるよりもはるかに根が深い。

 内閣人事局は昨年、現役の国家公務員を対象に大規模なアンケート調査を実施。その結果、「30歳未満・男性」職員の7人に1人が数年以内に辞職意向と回答したのである。その理由の上位2項目は、「長時間労働等で仕事と家庭の両立が難しい」と、「もっと自己成長できる魅力的な仕事につきたい」となっている。

 過重労働に代表される労働環境の劣悪さに悩み、雑務に追われてやりがいを喪失している様子がうかがえる。そんなブラックな職場に戻ってくる人は例外中の例外であり、「流動性」などという言葉で片付けるべきではないだろう。

 そうではなく、無駄な仕事を減らしたり、人員配置を見直したり、霞が関に過重な負担をかけている国会の改革をしたり、仕事のやり方自体を見直すことが急務なのである。

 若手の離職が増える一方、もうひとつの深刻な問題は学生の官僚離れだ。

 いわゆるキャリア官僚になるためには、「国家公務員採用総合職試験」という難関試験を突破する必要がある。だが、その受験者数が激減しているのだ。

 2012年度には2万3881人だった申込者が、20年度には1万6730人となり、8年間で3分の2近くまで減ったことになる。筆者が受験した2000年頃は4万人近くが受験していた。また、官僚というと東大のイメージが強いかもしれないが、東大生の官僚離れも加速している。10年度における新人キャリア官僚の東大出身比率は32・5%だが、2020年度には14・5%まで激減してしまった。

 先ほども述べたように、霞が関の超長時間労働は、なにも今に始まったことではない。筆者が入省した20年前も霞が関の官庁は“不夜城”と呼ばれるほどで、連日深夜まで役所にいたものだが、実はそれほどひどい状況とは感じていなかった。それは、民間企業に就職した大学の同級生たちも、深夜残業や休日出勤が当たり前の時代だったからだ。

 皮肉なことに、政府が働き方改革の旗を振ったことで、民間企業(特に、官僚志望者の多い大学の学生が就職するような大企業)では勤務環境がだいぶ改善された。19年4月には法律も変わって労働基準法で残業時間には上限が定められている。実際、大手企業に尋ねると、今の20代の若い社員たちはほとんど残業をしていないという。そのため、学生が就職先を考えるに当たって、どうしても霞が関のブラックな状況は際立ってしまうのだ。

 筆者は、官僚志望の学生とも交流がある。かつては官僚になると言えば家族は喜んだものだが、今は「大変だからやめた方がいい」と親に言われて悩む学生も少なくない。

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