3回目の緊急事態宣言は令和の「欲しがりません、勝つまでは」か

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「より強い措置」で人流を抑え、感染拡大を防ぐ――そんな政府や自治体の意気込みとは裏腹に、3度目の緊急事態宣言に対しては過去2度と比べると冷ややかな対応や反発が目立つ。

 街に出る人も前回、前々回より多く、また曖昧な「要請」に従わない事業者も現れている。

 これまで日本は、諸外国と比べて、私権の制限をする法整備が進んでいないこともあり、ゆるやかな「お願い」がベースであるにもかかわらず、国民が自発的に行動を抑制してきたとされていた。

 そうした日本の特徴を解説する際によく用いられてきた言葉が「空気」である。

“空気”という曖昧な掟

「法律はないけれども、空気がみなを支配している」ということだ。この状態を「同調圧力が強い」と否定的に論じる人も少なくない。たとえば「日本は同調圧力が強いから、息苦しい」といった意見を述べる人もいる。

 日本における「空気」について考察をした本『空気が支配する国』(物江潤・著)では、海外の研究を紹介しながら「同調圧力が強いのは日本特有の現象だと捉えるのは無理がある」と述べている(以下、引用は同書より)。

 しかしながら、「明確な掟が少ない」という特徴があるために、「その時々・場所で生じる、空気という名の掟」をみんながそれぞれ探り合うような状況になる。そして「明確な掟が少ない日本では、曖昧な掟である空気が諸外国より発生しやすい」としている。

 ではなぜ3回目の緊急事態宣言下では、空気という掟が有効に働かなくなってきているのか。

 これについても同書にはヒントが書かれている。

 著者の物江氏が紹介するのは、『「空気」の研究』で知られる山本七平氏の「実体語と空体語」という考え方だ。二つの言葉について物江氏はこう解説する。

「第2次世界大戦中であれば、戦況が厳しくなる(実体語)のに応じて、『挙国一致』『欲しがりません、勝つまでは』『一億玉砕』といった言葉(空体語)も大きくなり、ある空気が維持されてしまう(略)。

 私なりに実体語・空体語を解釈すると、実体語は現実そのものを表す言葉であり、空体語は『掟を守るための言葉』です(略)。

 戦争が進むにつれ、戦況の悪化という名の現実(実体語)が分かってくると、掟の妥当性が危ぶまれます。敗戦が迫ってきたのですから当然です。

 ところが、ここで掟を守るかの如く『欲しがりません、勝つまでは』『一億玉砕』といった空体語が、どこからともなく生じます。こうした言葉が、まるで厳しさを増す現実に蓋(ふた)をするような働きをし、掟は守られてしまうわけです。

 こうした出来事は、何も戦争だけでなく、さまざまな場面で見られます」

 つまり一度「空気」という名の掟がつくられると、たとえ現実が変化していっても、その掟を守るための「空体語」によって現実が覆い隠されてしまい、空気が維持されてしまうことが往々にしてある、というのだ。

 もちろん、空体語も万能ではない。

「どんな空体語を伴う空気も、擁護不能な現実によって消えてなくなります。『敗戦』という現実により『日本は戦争に必ず勝つ。敗戦の可能性を口にしてはならない』という空気が消え、原発事故によって『原発は安全。事故の危険性を口にしてはならない』という空気が消えるといったようにです」

 今年1月、2回目の緊急事態宣言発出の際、菅総理はこう語っている。

「1カ月後には必ず事態を改善させる。そのためにも私自身、内閣総理大臣として、感染拡大を防止するために全力を尽くし、ありとあらゆる方策を講じてまいります」

 振り返ってみれば、コロナについては総理のみならず都知事らも「全力を尽くす」「ありとあらゆる方策」「しっかりと対策」「いまが我慢のしどころ」「徹底的に抑え込む」等々、抽象的な言葉を連発してきた。まるで実効性のある政策を考えるよりも、決めフレーズを捻出することを優先しているかのようだ、と言っては言い過ぎだろうか。

 改めて著者の物江氏に、現状の「空気」についての見解を問うてみた。

「曖昧な掟である空気でコロナ禍をコントロールするのは、もはや限界です。求められるのは、すぐには評価されなくても歴史が正当な評価を下すはず、といった信念を持ったうえでリーダーが勇気をもって、空気に頼らない政治をすることではないでしょうか」

 この1年、多くの国民が、曖昧な根拠から出て来る「お願い」を聞き、「空気」に従ってきた。

 しかしながら、それらは本当に実体を伴っている言葉だったか。実は「欲しがりません、勝つまでは」「一億玉砕」と同様の「空体語」だったのではないか、そう薄々感じる人が多くなっているのが、今回の緊急事態宣言への反応に見て取れないだろうか。

デイリー新潮編集部

2021年5月1日掲載

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