椎名桔平、「桜の塔」では悪徳キャリア警官役 “狂気”を感じさせる演技の源泉は?

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 第2話まで放送が終わったテレビ朝日の連続ドラマ「桜の塔」(木曜午後9時)が視聴率好調だ。主演の玉木宏(41)が悪徳キャリア警官に扮するピカレスクロマン。上司役の椎名桔平(56)もやっぱり悪い奴だ。特に椎名は狂気を感じさせるワルを演じたら、右に出る者はいないだろう。

 椎名桔平が演じているのは警視庁刑事部長の千堂大善。階級は警視監である。

 警官の階級は(1)巡査(2)巡査部長(3)警部補(4)警部(5)警視(6)警視正(7)警視長(8)警視監――。なので、とんでもなく偉い。約4万6000人の警視庁職員の模範になるべき立場だ。

 ところが千堂は模範どころか俗物そのもの。権力欲の塊である。傍流の地方大出身で、おまけに出世コースではない刑事畑ながら、警視総監の座を狙っている。

 第2話で玉木が演じる部下の上條漣・理事官(警視)が、通り魔事件捜査の陣頭指揮に手間取っていると見ると、情け容赦なく指揮権を取り上げようとした。

「俺はお前と心中なんかご免なんだよ!」(千堂)

 清々しいくらいに自己中心的な言葉だった。世の上司の多くが一度は抱く思いだろうが、そのまま口に出す御仁は珍しい。出世のためなら、恥も外聞も見栄も一切ないのだ。

 それどころか、他人はどうなっても構わない人である。ただし、娘の優愛(仲里依紗、31)のことは溺愛している。その婚約者の佐久間義孝(少路勇介、41)のこともそうだった。

 佐久間が現場指揮官となって、銀行強盗事件を追っていた第1話では、上條にこう頼み込んだ。

「お前の力で佐久間を男にしてやってくれ」(千堂)

 ちっとも悪びれなかった。こんなことを上司に頼まれたら、大抵の人はブチ切れるだろう。

 ただし、ここまでは序の口である。その後、刑事部長室で佐久間を思いっきりぶん殴る。それにとどまらない。「うー」と気味の悪い呻き声を上げながら、佐久間を投げ飛ばした。

 おそろしい男だ。狂気すら感じた。自室内で部下を殴打したり、投げ飛ばしたりする演技がサマになるのは椎名くらいだろう。断っておくが、誉め言葉である。

 なぜ、千堂が怒り狂ったかというと、佐久間が17歳の少女をホテルに連れ込んだから。無論、愛娘との婚約は破談に。佐久間は警視庁を去った。事実上のクビだ。

 もっとも、全ては上條がお膳立てしたハニートラップ。こちらも自分の出世のためだった。上條も他人はどうでもいい人間なのである。

 千堂は佐久間の後継の指揮官に上條を指名した。

「できるか」(千堂)
「全力を尽くします」(上條)
「そんなテンプレの意気込みなんていらねーんだよ! 俺が欲しいのは結果だ!」(千堂)

 正しくは「俺が欲しいのは出世に役立つ結果だ」である。ここまでのゲス上司も珍しい。

 もっとも、このドラマに出てくるキャリア組はみんなクズ。出世のためなら、何でもする。

 警務部長の吉永(光石研、59)は陰険。東大派閥を率いる。警備部長の権藤(吉田鋼太郎、62)は狡猾。おまけに瞬間湯沸かし器だ。薩摩出身者で形成された薩摩派を束ねている。

 テレ朝の刑事ドラマの多さは群を抜いているが、ここまで正義がないがしろにされているドラマは見たことがない。その上、上條は事件を作り上げてしまう。証拠も捏造。千堂はそれを見て見ぬ振りをする。救いようがない。

 ただし、千堂は憎めない男だ。軽いからである。

「クールだね~」(千堂)
「そんな怖い顔するなよぉ~」(同)

 強面と優男の面を瞬時に入れ替えられるところが椎名のうまさだ。

 椎名は演じる役柄も善人から悪党まで幅広い。事件関係者に特別な感情を抱いてしまうナイーブな交通課警官(2005年、TBS「三ツ鐘署シリーズ『深追い』」)、恐れるということを知らず、敵には悪魔のように接するヤクザ(2010年、映画「アウトレイジ」)、死んでも死んでも蘇り、その存在がパブリックドメインだと判明する警視庁公安部の特務選任部長(同、TBS「SPEC」)、粉飾決算を操る悪徳コンサルタント(2018年、WOWOW「不発弾」)。

 話題作には常に出演しているという印象も強い。2019年の「3年A組―今から皆さんは、人質です―」では高校の立てこもり事件を担当する刑事に。2015年の映画「暗殺教室」ではタコ型生物の暗殺を目論む中学生を補佐する戦闘のプロに扮した。

 役者の中には素の自分と近いかどうかで仕事を選ぶ人もいるが、椎名は違う。

「その役が自分のカラーに合うとか合わないとか、そういうふうに仕事を選ばない。台本が面白いか、魅力的な人物に作れるかどうかで選ぶ。向いてなければ作ればいい。分からないことはリサーチして」(*1)

 そもそも、世が世ならサッカー界に身を投じているはずだった。小学校からサッカーを始め、三重県立上野高時代は国体にまで出場した。フォワードの好選手だった。

 青山学院大経営学部に進むと、迷わずサッカー部へ。ところが、知人に頼まれてCMに出てしまったことが、当時のアマチュア規定に触れてしまい、半年間の対外試合出場停止処分に。これがきっかけとなり、大学2年でサッカーから離れる。

 その後は次の生き方を模索。在学中のまま役者修業に入る。そして21歳だった1986年には脚本家の倉本聰(86)が監督した「時計 Adieu l'Hiver」でデビューを遂げた。

 寺田農(78)の弟子だった時期もある。寺田がサッカー好きであることから、明石家さんま(65)が率いていたサッカーチーム「ザ・ミイラ」にも一時期所属した。

 大学卒業後は役者に専念するが、食えない状態が続いた。キャリア不足で思うようには仕事が来なかった。アルバイトで生活費を賄った。

 初めて本格的に出演した連続ドラマは1995年の「いつかまた逢える」(フジ)。福山雅治(52)の主演で椎名はその高校の同級生役。平均視聴率が20%を突破したこともあり、椎名は一躍メジャーになった。

 では、どうして椎名は狂気を出せるのか。その理由の1つは売れっ子になった後も舞台を大切にしているからだろう。

 収入だけを考えたら、舞台はやりにくい。椎名クラスならドラマのギャラは1話につき100万円は下らないが、舞台は1カ月ほどの拘束でその程度。だが、演技力は高まる。

 舞台ファンならご存じの通り、役者の演技は初日と中日、千秋楽では全くと言っていいほど違う。役者に気づきがあるし、成長もあるからだ。それを楽しみに同じ舞台を何度も観に行くファンもいる。

 椎名は舞台出身ではないにも関わらず、デビューから10年近くが過ぎた1994年から舞台に立ち始めた。2020年には「オリエント急行殺人事件」(東京・渋谷、シアターコクーン)で主役のエルキュール・ポアロを演じた。苦労した時期が長かっただけに努力を惜しまないのだろう。

「桜の塔」の世帯視聴率は第1話が13.5%で第2話が10.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。椎名の狂気に触れたくて観ている人もいるはずだ。

*1 2009年4月24日付、毎日新聞夕刊

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年4月29日掲載

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