ミサンガ売りの少女が私に残したもの モデル「浜島直子」が振り返るカンボジアの景色

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子供が持つ愛くるしさと、狂暴なまでの生命力

 モデル業の傍ら絵本作家として活動し昨年初随筆集『蝶の粉』を刊行した浜島直子さん。撮影で訪れたカンボジアの地で出会った、ミサンガ売りの少女のことが今でも忘れられないという。

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 少女は怒っていた。

 キッと私を睨みつけ、ふわりと空を飛ぶように私の目の前から走り去った。この場にいることに心底耐えられないというふうに。

 スコールが上がった後のむせかえるような湿度の中、白昼夢を見たのかと思ったが、まだ残る彼女の体臭と、私の手首にはめられたままの朱赤色のミサンガが、ついさっきまで確かにそこにいた少女の輪郭を伝えていた。

 ニコニコと近づいてきた時の嬉しそうな顔。7~8歳だろうか。肩が破れたTシャツに、かつてピンクだったと想像できるパジャマのようなズボンを穿いていた。髪の毛は太い毛糸のように絡み合い、ツンと鼻を刺す臭いは十分に今生きている証となっていた。

 少女は他の物売りの子供たちがみんなそうであるように、自分が作ったこと、私にとても似合うこと、カンボジア旅行の記念にひとつどうかと、片言の英語で伝えてきた。その愛くるしさは子犬がちぎれるほど尻尾を振りながら足元にまとわり付きお腹をコロコロと見せるように、そしてそのやわらかなお腹を撫でた時のように、私の頭をぼんやりといい気持ちにさせた。

 生きるために子犬たちは、愛くるしさをも武器にしている。子供たちの凶暴なまでの生きる力を何度も目の当たりにしてきた私は、その気にさせては申し訳ないと思い、「ごめんね。お金持ってないの」と開口一番に伝えた。ロケ中だったので本当に持っていなかった。

 そんなことでは全くひるまない荒野の子犬は、あれよあれよと言う間に私の左手首にミサンガをはめた。「ごめんね。本当にお金持ってないの」と、空っぽのポケットをわざとパンパン叩きながら悲しげに伝えた。少女はそれでも私の手首を掴み、キラキラとした瞳でとても嬉しそうにミサンガと私の顔を交互に見比べた。その瞳は月明かりに照らされた湖のように黒く潤み、とても美しかった。

彼女は怒っていたのではなく…

「お金がないから買えない。いらない。ごめんね」わざと少し強い口調で言ったのは、これ以上期待を持たせるとかわいそうだと思ったから。サッと彼女から笑顔が消え、私の手首から手を離した。

 彼女に返そうとミサンガを手首から外しかけた瞬間だった。ノーと手で拒否するような仕草をし、くるりと向きを変え走り去った。野生動物のように鋭い動作だった。そして一度も振り返らなかった。手首に残った朱赤色の温もりは、私の傲慢さをギュウギュウと締め付け、私を動けなくした。

 ひょっとして怒っていたのではなく、哀れんでいたのかもしれない。

 こんな素晴らしい夕焼けが手首に舞い降りたのに、何の感動もできない大人の貧しい感受性を。少しの賛辞も与えられない贅肉のついた自意識を。

 少女はどんな大人になっているだろうか。朱赤に燃えるプライドを、今もまだ胸に持ち合わせているだろうか。もしまた会えるなら、「ありがとう。今でも大切にしているよ」と伝えたい。鈴がなるような共鳴が、彼女の人生に響いていますように。

浜島直子(はまじま・なおこ)
1976年生まれ。18歳でモデルデビュー。夫・アベカズヒロ氏との共作絵本の他、初随筆集『蝶の粉』を刊行。

2021年4月17日掲載