コロナ禍で後退した地方自治を検証する――片山善博(早稲田大学大学院政治学研究科教授)【佐藤優の頂上対決】

佐藤優 佐藤優の頂上対決 ビジネス 週刊新潮 2021年3月25日号掲載

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 図らずも各都道府県知事の実力が試された1年間だったと言えるのではないか。コロナ対策で、国に従うだけの知事もいれば、臨機応変に対応して最小限に抑え込んだ知事もいた。かつての改革派知事は、総じて地方自治は後退したと見る。中央と地方の関係はどうあるべきか、いま一度整理する

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佐藤 新型コロナウイルスの感染拡大が始まって1年余り、この間、普段はあまり注目されない都道府県知事の方々が次々とクローズアップされました。

片山 感染症対策は、地方自治体、とりわけ都道府県知事が重要な役割を担っています。ですからその動きをメディアが細かく報じるようになりましたね。

佐藤 当初は、東京都の小池百合子知事や大阪府の吉村洋文知事などが、西村康稔・新型コロナ対策担当大臣とその対応を巡ってやり合うなど、中央と地方の関係がかなり混乱しているように見えました。

片山 それには国側の問題も都道府県側の問題もありますが、法律上は実に明解に規定されています。特措法と呼ばれている「新型インフルエンザ等対策特別措置法」は、国と地方の権限をはっきり分けている。まず国、内閣総理大臣の権限は、緊急事態宣言を発するか発しないかの判断にあります。

佐藤 そこは総理大臣の専管事項ですね。

片山 はい。それを発する要件も書いてあります。一番重要なのは、感染経路不明者が出ているかどうかという点です。

佐藤 基本的には感染経路をすべて追いかけていく。従来型の感染症対策と同じです。

片山 もともと特措法は新型インフルエンザ対策用の法律で、それを昨年の春から借用して適用してきました。ですので、必ずしもコロナ対策には向いていない法律です。先般改正したのですが、もともとは感染経路不明者が一人でも出たら、緊急事態宣言を発する建前になっていました。

佐藤 それは現実的でありませんね。

片山 ともあれ、総理大臣が緊急事態宣言を出せば、各知事が一定の範囲で店舗の営業自粛や施設の使用停止の要請をすることができます。どこに、どう要請をするかは、各都道府県知事の判断に委ねられている。これが地方の権限です。

佐藤 昨年4月の緊急事態宣言の前に、北海道では鈴木直道知事が独自の緊急事態宣言を出しました。

片山 あれは法的には何の根拠もない宣言です。特措法の仕組みにはない取り組みですね。

佐藤 一方で、大阪府では吉村知事が、営業自粛要請解除の指標を国が示してくれないと苦言を呈し、東京都では小池知事が自粛要請の範囲などを巡って、国と対立しました。

片山 混乱した原因の一つは、緊急事態宣言を出した際、政府が知事の権限発動の具体的内容までを記した「基本的対処方針」を文書で出してしまったことにあります。対象となった地域は、これに従って一律に、四角四面にやらなければいけないと考えてしまった。

佐藤 どこでも飲食店の営業時間は午後8時まででした。

片山 でも「午後8時ではなく午後10時まで延長します」とか「緊急事態宣言は続いていますが、もう時短の要請はしません」という都道府県があってもいいのです。それは違法ではない。でもどうしたわけか、どこもそうは言い出しません。

佐藤 都道府県すべてが横並びになっている。

片山 誤解していますね。緊急事態宣言が出ている地域の自粛要請の内容は決まっていて、時短要請をやめたり変更したりするなら緊急事態宣言そのものを解除してもらわないといけないと勘違いしている。間違った固定観念に囚われているのです。

佐藤 法的に問題がないことがわかっていても、国と別の判断をするのは、政治コストが大き過ぎると考える知事もいるかもしれませんね。

片山 いると思います。時短要請をしなかったり緩和したりして、もしリバウンドが起きたら、「ほら見ろ」「お前の判断は間違っていた」と言われますから。一方で時短要請をより厳しく「8時ではなく6時までにする」としても、制限される飲食店からは非難囂々です。どちらにしても自分が矢面に立つことになる。だから「国の方針なので、文句があったら国に言って」という立場で、独自の判断を避ける。でもそれは、自身の判断に自信がないということです。

リストラされた保健所

佐藤 そうした知事が大半を占める中、片山先生は和歌山県の仁坂吉伸知事を高く評価しておられますね。

片山 仁坂知事は、二つの点で他の知事とは違っていました。一つは、以前から保健所行政に強い関心を寄せていたこと、そしてもう一つは、国の通知に強制力はないと、はっきり認識していたことです。

佐藤 確か和歌山県は早い時期にクラスターが発生して、独自にPCR検査を行いました。

片山 最初に感染者が確認されたのは昨年の2月中旬で、済生会有田病院のクラスターでした。

佐藤 国内初の院内感染ですね。

片山 当時、国がPCR検査の目安としていたのは、「37・5度以上の発熱が4日以上続く人」です。厚労省からそうした通知が県に届けられました。でも彼は、これでは不十分だと考えたんですね。そこで目安とは別に感染の恐れがある人をリストアップし、病院関係者474人にPCR検査を行いました。それで初期の段階で封じ込めに成功したのです。

佐藤 まだコロナについて情報が乏しく、いろいろなことがわかっていない時期です。

片山 仁坂知事は、新型コロナのパンデミックが起きる前から保健所行政に関心を持っていたので、当初から保健所を駆使できたのがよかった。感染症はいったん広がると大変なことになりますから、それを防御する保健所の機能が重要なのだと、近畿の知事会などでもたびたび話題にしていたようです。

佐藤 なるほど、そうした背景があったのですね。逆に言えば、他の知事は保健所にあまり関心がない。

片山 保健所行政には暗い、というか、行政改革の対象にしてきましたからね。

佐藤 平成初期に約850カ所あった保健所はいま約470カ所で、半分近くに減っています。

片山 感染症対策のための保健所体制作りは、保険みたいなものです。何かあった時に、被害を最小限に抑えるための備えですが、それを無駄だと考えてきた。それで保健所を統廃合したり、職員を減らしたりして、さらには乳児健診や高齢者の健康指導といった日常的な機能に着眼して、市区町村に分けました。住民に身近なところにあったほうがいいと、東京都なら23区などに分散させた。

佐藤 昔はコレラも赤痢も発生しましたから、保健所の重要な仕事は感染症対策だとわかっていたはずです。ただ組織をバラバラにしていくと、そこで受け継がれてきた組織文化の遺伝子、リチャード・ドーキンスの言う「ミーム」も薄まってしまう。

片山 市区町村の保健所では、どうしても乳児健診や3種混合ワクチンの接種などが中心になります。そこでは感染症対策という本来の重要な機能が抜け落ちてしまう。

佐藤 いまの保健所は、子供の発達障害やゲーム依存症などの問題では、非常に丁寧に対応してくれます。

片山 それはそれで重要なことですから市区町村でやればいいのですが、こと感染症に関しては、せめて都道府県レベルに留めておかないと、うまく対応できません。市区町村では専門家もいないでしょうし、そもそも感染症の専門家自体が少ない。

佐藤 感染症が蔓延している国だったら、大学の医学部でも感染症対策の教室が大きいし、エリートが集まります。でも深刻な感染症がなければ、人も集まらない。

片山 時々、テレビに保健所の方が出てきますが、必ずしも感染症の専門家ではない。今回、官邸も含め、要所要所にどれだけ専門家がいたか、検証してみる必要があると思います。

佐藤 ワクチン接種が始まりましたが、こちらは大丈夫でしょうか。

片山 これは予防接種法でやります。国がワクチンを調達して配分し、接種の実施主体は市区町村です。どこの会場でどういう順番でやればいいかは、それぞれで決めればいい。

佐藤 都道府県はどんな立場ですか。

片山 調整したり、サポートしたりする係ですね。

佐藤 接種の順番については、河野太郎ワクチン接種担当大臣がいろいろ指針を示しています。

片山 どういう属性の人から優先して接種するかは、大枠は国が決めていいと思います。病院の逼迫という問題がありますから。また重症化する可能性がある人から順番にという指針も理解できます。ただ、100歳以上の人からとか、持病のある人は自己申告制で、それに関して裏取りはしなくていいとか、市区町村が判断すればいいことまで国がしゃしゃり出ては、かえって混乱しますね。

佐藤 PCR検査と同じになってしまう。

片山 地域によっては、誰が持病を抱えているか、みんなわかっているところもあるはずですよ。田舎や離島に行くと、診察施設は町立病院1カ所だけで、みんなの病気を把握している。そこは申告制ではなくても、重症化リスクの高い人から接種券を配ればいいだけです。

佐藤 政治家は都市の論理で考えるから、そういう状況がわからない。

片山 もちろん東京23区や横浜市ではそんなことはできません。地域差がありますから、それを念頭に置いて、市区町村で考えてくれ、と言うだけでいいのです。

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