イスラエル、ワクチン政策のカギは諜報機関「モサド」 中国のワクチン情報を入手、大量の医療物資を獲得

国内 社会 週刊新潮 2021年3月25日号掲載

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 新型コロナワクチンはもはや人道物資でなく、戦略物資である。開発に関する情報を入手すべく諜報機関が暗躍し、ときに売り込みの場にまで顔を出す。法もルールもどこ吹く風の旺盛で貪欲な彼らの活動。その実態を国際ジャーナリストの山田敏弘氏が報告する。

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「我々は、コロナウイルスの暗黒から明るいところに這い出てきた」

 イスラエルの首相、ベンヤミン・ネタニヤフ氏によるこのツイート、発信されたのは2020年12月20日、つまり昨年暮れである。今にいたるも多くの国では到底「明るいところに這い出てきた」感など持てない中で、なんと早い時期の発言かと驚かざるを得ない。

 ちょうどその日、ネタニヤフ首相は早々と新型コロナワクチンの接種を受けた。

 中国政府がWHO(世界保健機関)に国内の新型コロナ感染症を初めて報告してから1年あまり。世界はなおコロナの暗黒に覆われ、人口923万人のイスラエルもまた、累計の感染者数が80万人を超え、国民の1割に達しようかという危機にある。

 しかし現在、イスラエルがワクチン接種率で世界を圧倒的にリードしていることは、日本でもしばしば報じられているためご存じだろう。2月27日時点で国民の接種率(少なくとも1度はワクチンを接種した人の割合)は58%。ワクチン開発に成功した企業を自国にもつイギリスが33%、アメリカが18%。イスラエルがいかに突出しているかがわかる。

 翻って日本はどうか。政府は昨年10月、米国のバイオ企業モデルナから2500万人分のワクチン供給を受ける約束をとりつけ、12月に英国の大手製薬会社アストラゼネカとの間で6千万人分、今年1月には米国の大手製薬会社ファイザーとの間で7200万人分のワクチン供給を受ける旨、合意にいたった。

 計算上は国民全員に行き渡る数量を確保した形だ。

 もっとも、接種が始まったのは医療関係者に限られ、一般国民が対象となるのは4月以降になる見通し。現時点の接種率はほぼ1ケタ台にとどまる。

 こなたの人口はイスラエルの約13倍、1億2千万にのぼるから、ワクチンの数量確保や流通、接種のオペレーションが、かの国よりも大仕事なのは事実だろう。が、日本と同じく国産ワクチンの開発が進んでいるわけでもない中東の小国が、なぜこうも手早くコトを進められたのか。

 そこには長らく四囲を敵性国家に囲まれ、それゆえ安全保障上の問題に敏感で、軍や情報機関が強大な権限を持つことを国民から許された、イスラエル特有の事情がある。

 イスラエル諜報特務庁、通称モサド――。

 世界で最も優秀と評される諜報機関がこの間、水面下でワクチン入手に向けた作戦を展開していたのは、もはや公然の秘密だ。

 1949年に創設されたモサドが擁する工作員の数は、日本の公安調査庁が推計するところでは、わずか1500~2千人程度。所帯は小さいが、ナチ高官の追跡、あるいは敵性国への破壊・妨害工作、はたまた無慈悲きわまる暗殺作戦で名を馳せてきた。

 古くは1960年、ナチスのユダヤ人虐殺に親衛隊幹部として加担したアドルフ・アイヒマンを潜伏先のアルゼンチンで発見・拘束。世界的大ニュースになる。アイヒマンはイスラエルで裁判にかけられ、絞首台の露と消えた。

 イラクのフセイン大統領が核開発のため原子炉を建設した際には、これを空爆して破壊。隣国シリアが北朝鮮の支援を受け、極秘に建設していた原子炉も、モサドはスパイ工作でその存在を把握し、空爆によって破壊した。

「あらゆる手段で早期に」

 モサドの手で葬られたパレスチナ要人や戦闘員、イスラム原理主義指導者は数知れず。

 最近では昨年11月、イランの核科学者を首都テヘラン郊外で暗殺したとされる。その手口は依然ナゾのままだが、一説には路肩に停めた車にAI制御の機関銃を設置し、科学者の顔を自動で認識して銃撃したのち、車両は自爆して痕跡と証拠を丸ごと消し去ったともいわれる。

 そのモサドがコロナ対策に関与しているという事実は、意外な経緯から昨年4月に明るみに出た。

 イスラエルの保健相が新型コロナに感染した際、濃厚接触者としてモサドのヨシ・コーヘン長官の名が浮上した。これによってコーヘン長官がコロナ対策で保健相と連携していることがわかったのだ。

 以後の報道によると、昨年10月、モサドは中国の開発するワクチンを入手し、これを国防省の運営するイスラエル生物学研究所で分析したという。

 ワクチン情報は国や製薬会社の宝だ。開発途中でやすやすと融通してはもらえない。そこで特務機関の出番となった。納得しうる理屈である。要はスパイ工作を駆使して欲しいものを手に入れる。

 イスラエルの研究所で丸裸にされたのは、なにも中国のワクチンに限らない。イスラエル政府関係者は私にこう言い切った。

「世界中で開発が進むワクチンをあらゆる手段で早期に入手すべく努めている」

 ワクチンの解析情報はすべて政府に上げられる。どの国が、どこの製薬会社がゴールに近いか。収集した情報をもとにネタニヤフ首相みずから製薬会社に国際電話をかけたこともある。あえて高い買い値を示し、どこよりも早く一定数量の獲得に成功した。

 モサドの貢献はそれだけにとどまらない。

 昨年3月、商都テルアビブにある同国最大のシェバ病院のイツハク・クレイス教授が、来たるコロナ禍に備えるために必要な、人工呼吸器など医療機器のリストをコーヘン長官に提出。モサドはすぐさまこれに応じ、10万人分を超えるコロナの検査キットや1千万個もの医療用マスクなどを諸外国からかき集めてみせた。

 このミッションを指揮したのは、モサドで技術部門のトップを務める人物だ。イニシャル「H」。イスラエルでモサド職員の名前は長官ひとりを除いて秘匿されており、これが正式な通称である。Hは軍の情報部門で経験を積み、現在も軍と繋がりがある。シェバ病院によると、医療物資供給作戦にはモサドのみならず、国防軍に属する81部隊も動員されたという。軍の情報部門のエリート隊員だけが所属できる、通信傍受や盗聴などを専門とする精鋭部隊までもが、医療機器や備品の獲得に動いたのだ。

 では、どうやってそんなに大量の医療物資を入手したのか。

 インテリジェンスの世界では、次のようなストーリーが本命視されている。

 イスラエルは昨年春の時点で、アラブ諸国ではエジプトとヨルダンの2カ国としか国交をもたなかった。

 国交のない相手とは当然、大使を交換しておらず、外務省を使った正規ルートでの話はできない。

 このためイスラエルでは、国交を結んでいないアラブ諸国との水面下での(非公式の)やりとりを、主にモサドが担っている。

 モサドはアラビア湾岸の金持ち国、アラブ首長国連邦(UAE)と国交樹立に向けた交渉を密かに続けてきた。その過程で、医療物資を提供してほしいとUAE側に依頼し、承諾を得たというものだ。

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